管理人の落書き帳
八尾市ソフトテニス協会HP 更新記録

No 更新日 内容
1 2001.6.18 協会員に公開
2 2001.6.20 カウンターの設置
3 2001.6.21 掲示板の開設
4 2001.6.25 BGM設置完了
5 2001.6.29 試合結果詳細 追加
6 2001.7.7     ホームページ一般公開
7 2001.8.10 志紀コート・教育センター体育館への地図更新
8 2001.11.29 HP表紙の更新 これからは頻繁に変わります。
メンバー達が交代で・・・今度は誰の番かな?
9 2004.4.10 婦人部公開 皆さん集まって下さいね。
10 2004.6.15 動画を載せました。ちょっとサイズを小さくして。
11 2004.10.31 チャットルームをつくりました。みんなで会話しようぜい
12 2004.11.13 練習時間をケイタイで見られるようにしました。
13 2005.3.29 会員専用ページを設定しました。
14 2005.9.25 落書き帳 BACKUP作成。(重くなってしまったので・・)
15 2011.1.20 写真公開 フォト蔵
16 2011.2.10 YOUTUBE 公開
17 2014.4.1 チャット閉鎖
18 2017.4.18 掲示板新規設置 画像もいけます。

落書き帳 BACKUP 「ある日のテニスコート」のページに保存してあります

2020.2.11
最近の日本は色んなことが起こってるのですが、まずは新型コロナウィルスの話題で一日中どの番組もフル稼働状態です。この新しいウィルスのまだワクチンが開発されていない事、危険度が確定していない事、感染の形態が不明であること、などが世界中を恐怖に陥れている原因です。

 アジア人が病原菌であるような差別などが表面化しています。一部には違いないでしょうが、異質なものへの差別意識は潜在化していますが、問題が起きるとムクムクと頭を持ち上げてきます。人とは悲しい生き物です。不安というのは中世の魔女狩りにも等しく、現代においても理性では解決できない人もいるということを忘れてはなりません。そして集団心理はリンチへとつながります。危険な状態が世界を押し包もうとしています。

 日本でも入港した客船がすでに2週間上陸禁止の措置を取られています。水際で食い止める初動は正しかったかもしれませんが、2週間も客室からほぼ出てはいけない閉塞感の中で彼らは生活しています。それは監獄牢獄のようなものです。軟禁状態といっても過言ではありません。疑わしきは罰する・・ではないですが、全体を生かすために小集団を切り捨てる・にも似た扱いをしています。沖縄に入港予定の客船は日本人が少ないという理由で、入港を拒絶されました。各国でそういう動きが出れば船で彷徨うしか方法はないのでしょうか?いつ受け入れてくれるのでしょう。そんな人々がパニクったり、自殺をしたり、暴動を起こしたりすることが今後考えられないといえるでしょうか?
政府は難しい判断を迫られていると思います。が、それが自分たちの役割なのです。その判断が間違っているか正しかったのかは将来の歴史が証明してくれるのです。その時は誰にもわからないことが起こっているのです。その時の判断は、その時の最高の情報力の結果下されたものです。間違っていることもあるでしょう。でもそれがその人の実力なのです。評価は将来がしてくれます。
 例えば福島第2原発の事故。その時いくら隠しても、将来は全て明らかにされます。その時何を思ってそうしたのか・・それは決断を下した本人とその周囲だけが知っています。しかし何も言わずとも、その時のことをどう回想して発言しようと、事実は厳然としてそこにあります。
それをひっくり返すことはできないのです。


2020.2.2
今日は全日本インドア大会でした。選考方法は年によって変わりますが、少なくとも日本トップの11ペアと大阪代表の1ペア、計12ペアで繰り広げられる年度末の一大イベントです。その年度の総決算ととらえてもいいと思います。しかし、学生はちょうど後期試験の真っ最中、社会人は年度末に突入しかかって多忙さが増してくるこの時期です。毎年練習不足を感じる選手がいたのも確かです。
 ただ、今年は異常な暖冬で体が良く動きます。昨年蓄えた技術が凍てついてしまうことなくコートで発揮できたのではないかと感じます。
 今年のメンバーが発表になり、よく見ると今年の戦いは好試合が多く激戦になるのであろうという予感がありました。わくわくしながら今日を楽しみに待っていたのは私だけだったでしょうか?

 駐車場事情があまり良くなくて一日停めると¥2000程度かかってしまうところがザラです。ちょっと早めに行って、少し歩きますがリーズナブルな駐車場を探しました。寒くないので歩いても有難かったです。体育館ももう少し安くできないものかと思いますが、どうでしょう?

 体育館前に8:30ごろ到着。1時間ほど前に駐車場にはついていたけど、読書して時間を待ちました。体育館前は中高校生たちで大賑わい。それぞれに友人や団体で小さなコロニーを作っています。猛威を振るうかもしれない新型肺炎のコロナウィルスに対処するため、たくさんの人がマスクを着用しています。僕も12月に大きな風邪をひきました。咳や痰が止まらず1ヶ月以上も苦しんだので、人に移さないようマスクをその時購入していました。その中で安眠用ウェットマスクがあります。鼻の部分に湿潤した不織布を挟み込むようになっています。今日は暖かいせいかもしれないのですが、眼鏡も曇らないし息苦しくもなくなかなかいいなと思います。とにかく不特定多数の人が集まる場所では暫くこのスタイルで行こうと思います。
 入り口で後ろから名前を呼ばれましたが声の主が分かりませんでした。中に入ると福岡から古賀さんご夫婦とお会いしました。前日から宿泊して、今年のためにモチベーションを上げるため春一番のいい試合を見に来たといわれます。凄いですね。僕が東京インドアを見に行くようなもんです。なかなかそういう気持ちになれません。きっと活躍されると思います。

 中に入ると選手たちがウォーミングアップをしていました。ペアでラリーからローボレー、ボレーボレーと続きます。うまい人がやると流れるようにボールが往復します。身のこなしに無駄がなく、よく動けているようです。温かいせいでしょう。

 試合が始まりました。4面で展開されますがどの試合も最初からいいプレーが続きます。毎年暖房は入ってるのですが、空気の温かさではなく、座席が冷え切っているので伝導で熱を吸い取られますから例年は底冷えを感じたのです。今年は毎日の気温が高く10~17℃が平均気温ですから接触するものが冷たく感じません。当然インドアの床も温かいでしょう。選手はいつもの年に比べ数段いい動きをしています。後衛はバウンドに慣れるのに大変でしょう。いつもより激しく打つのでバウンドも高く、回転によって伸びたりストップしたりが激しいですね。更にスライス打法の技術の上がってるいまカットボールの変化も考慮しなくてはなりません。前衛は床の摩擦が大きく床へのグリップ力がオムニやクレーよりもあるので動きやすいという有利な面があります。インドアでは前衛力が問われるのです。

 僕は4コートの斜め左から見ていました。このコートの男子は中本・鈴木/柳田・神川/内本・内田、女子は高橋・半谷/志牟田・泉谷/中川・菊池選手のリーグでした。旧中央体育館ではコート3面でしたからリーグもコートをぐるぐる回り、自分の目の前では必ず1回は選手が見れたものでした。今は4面で4リーグ。コートは固定なので主に見れるリーグは運があります。
 男子は中本・鈴木、内本・内田が1勝ずつでリーグ決勝です。柳田ペアも流石に西日本2位の実力があり善戦はするのですが最後のポイントを締めきれませんでした。
 中本、内本ペアの試合は面白いものでした。最初は内本ペアは雁行陣で戦いました。中本・鈴木ペアは前衛2人ですからダブルフォワード主体です。1,2ゲームは内本攻める中本・鈴木で繋ぐローボレーを続け、浮いてきたボールを攻め切るという戦いでした。この日内本選手のストロークは正確さパワーがやや甘く攻めてはいるけど打ち抜く力はありません。0-2となりました。このままのペースでいけば簡単に終わると思われましたが、そこは一流ですね。ゲームの流れを変えるのは思い切った変更ですがいとも簡単にやってのけます。
 3ゲーム目から内本選手は前に出てダブルフォワード戦法に変えました。しかも繋げるボレーではなく、主に鈴木選手はバックローボレーはカットで繋ぐのが主体でした。そのやや球足の遅いボレーを前に思いきり詰めて叩いていくのです。スマッシュとボレーの間くらいの力で。もちろん内田選手も同じです。今まで内本対相手2人という構図で試合をしていました。内田選手の出番は少なかったのですが、内本選手が前に出ることで前衛に来る確率が格段に上がりました。ここからはダブルフォワードで攻撃性を重視した内本ペアが逆転し、3-2までリードしたのです。このままいくかなと思ったんですが、さすがダブルフォワードではずっとこのペアでやってきている2人です。レシーブの角度を変えたりロブを交えたり、つなぎのバックボレーから攻めのドライブバックボレーに変えたりして変化をつけ取りきってファイナルへ。そこからはダブルフォワードに長けている中本鈴木ペアに軍配が上がりました。

リーグを上がった4ペアは①船水上松②安藤安藤③船水広岡④中本鈴木でした。
 船水上松vs安藤安藤は雁行陣でも並行陣でも船水ペアに分があり、上松選手の活躍が目立ちました。中本鈴木と船水広岡もコートが離れていたので十分見れませんでしたが、割と一方的に終わったようでした。

決勝は①船水上松対④中本鈴木でした。天皇杯をとり上り調子で若手のホープの船水ペア。片やダブルフォワードでは誰もが一目置く中本・鈴木ペア。これは楽しみな戦いでした。特に今日のダブルフォワードの戦いを見て、これはどうなるか分からないなというのが正直な感想でした。片やプロ宣言している船水がそう簡単には負けるわけにはいかないでしょうし、ましてやNo.1のプライドもあります。
 
 ゲーム開始は静かに始まりました。船水選手のサーブから開始です。カットサーブからダブルフォワード陣形で中本ペア2本先行。次の4本を中本ペアミスでゲーム。2ゲーム目は長いボレー・ストロークから中本ペアが3本連続ポイント1本ミスしたが4-1でとり1-1.3ゲーム目は中本ボレー、船水中央割、次2本船水ペアフロー、ストロークミス。1-3から船水の2本強打でジュース。デュースアゲイン。次の2本をレシーブミス。GC2-1船水ペア。最初の3本を中本ペアボレーミス、上松のスマッシュで4-0でとりゲームカウント3-1.船水のミスとアタック、ボレーで2-1.上松DF、スマッシュフォローで3-2にするが鈴木のスマッシュでジュース。船水ボレー、長いラリーを上松ボレーミスでデュース。船水セカンドサーブオーバーからバック強打を中本当たり損ねたがボレーイン。次は鈴木のボレーフォロー3本で決まる。GC中本2-3.船水頭越え中ロブ、中本のボレーポイントとミスで1-2.ボレーの応酬から船水中ロブでポイント。その後2本ミスでデュース。中本のボレーポイントミスで再度デュース。上松凄いスマッシュフォローしたがイージーボレーミス、しかし鈴木もボレーミスしデュースアゲイン。次の2本も鈴木のボレーミスとナイスボレーでデュースアゲイン。上松2本のミスでゲームを落とす。ここが山だったかもしれない。3-3。この7ゲームは船水ペア単調で落とす・・切れたかと思うくらい。4-3中本ペアリード。8ゲーム目。中本ペア、ボレー・スマッシュミスで0-2.上松ボレーで1-3.船水レシーブミスしたが上松のナイスウォッチでゲームを取りファイナルへ。
 ファイナルゲーム。船水、鈴木、中本がボレー1本ずつ決め、中本ボレーミス、上松サイド抜きで船水3-2.鈴木ボレーミス2本。ボレー応酬5-3
長いラリーから船水バックアウトで5-4.中本ボレーミスで6-4マッチ。鈴木のセカンドからボレーフォロー応酬。中本のボレー決まる。6-5.次の鈴木のサーブはネットダッシュしてストップボレー決まりデュース。次の2本を焦ったのか船水が放り出し中本鈴木8-6ゲームセット。
 いい戦いでした。

今日の男子の試合を見て感じたことがあります。もはやソフトテニスは僕たちがやっていた雁行陣だけのソフトテニスではなくなって来たのだと。若い時から思い描いていたようにネットプレーヤーが2人でテニスをするのが最も強いのだろうということが証明されたような1日でした。このスタイルが韓国から導入されて10年くらい経つでしょうか?もっとになるかもしれません。その時異質なようなものを見る目で見ていたのですが、今やダブルフォワードだけで戦うのでなく、雁行陣と並行陣を織り交ぜて行われている試合を見ると、進化したダブルフォワードと言わざるを得ません。
 カットサーブの精度もそのレシーブの精度もまた上がっています。どこでどのレシーブをしていくかで決まっていく戦略はまた違った面白さも見えました。見ているものとやっているものが同じ意識でテニスを感じることができるようになった今、ソフトテニスが発展していくんじゃあないかな・と感じたものでした。
 ダブル前衛は前でパンパンやってるだけ!という人はちょっと遅れてしまうよ!と言ってあげたい。しっかりした技術と戦術戦略を持ちながらやる時代に入ったのだと。そこには並行陣、雁行陣という固定概念は捨てなければならないものがあるのです。過去に縛られず、その形に応じた未来を追い求めることが必要な分岐点に我々は立っているのだと思います。いい大会でした。

女子のことについては今回書きませんが、素晴らしい前衛力アップを見せていただいた。後衛力はもちろんあるのですが、男子に匹敵する前衛力を今回見て驚愕したことだけ書いておきます。

それから、試合の途中で、本部より「この大会は日本ソフトテニス連盟ハンドブックに則り競技を行っています。個人戦はベンチコーチは認められていません」とアナウンスが入りました。社会人、大学生、高校トップになってもそのような指摘を受けるとは本当に情けないことです。
 ソフトテニスの競技性、ということについてもっと真摯に考えて心に刻んでほしいのです。指導する立場の者、監督する立場の者がなぜ日頃から独立性を教育していかないのかそれが不思議でなりません。テニスはそのように記載されたルールブックのもと皆が守っている競技なのです。知らなかった、わからなければいい、ちょっとくらいいい、皆がやっているからいい、上手い人がやってるから文句言えない・・そういった曖昧さや傲慢さがスポーツをダメにしていきます。
 昨年起こった大きな問題について、日本ソフトテニス連盟や学生連盟は明確な経過報告と結論、対処、再発防止、について公式に見解を出さないとならないと私は考えます。なぜなら、私も噂だけしか聞いていません。正確な情報が必要ですし、明確な方向性が欲しいのです。
 ソフトテニスという競技が誰にも胸を張って、いい競技なんだといいたいではないですか。そうではありませんか?

それから、男子と女子の決勝戦が同時に隣のコートで行われていました。男子のボールが女子のコートの後ろに転がっていきました。インプレー中で長いラリーが続いています。上松選手は待っているのに耐えきれなかったのかインプレー中にもかかわらずボールを拾いに行ったのです。
 ソフトテニスコートというのはインコートだけでなくアウトコートも含まれるのです。ベースラインから後ろ8m。練習試合でさえも試合中に後ろを通るなどということはあり得ません。皆から注意されます。マナーを含め当然だと思います。これもこれくらいいいだろう・・なのでしょうか?有名選手だからいいのでしょうか? 競技規則にはプレーに支障をきたした場合ノーカウントにすると記載されています。マナーについては記載されていませんが私には当然です。
 なぜなら予選リーグの時真ん中のコートで試合をしていた選手が退場する時は必ずプレーが途切れるまで先導者が停止させているではありませんか。もう少し細かい配慮が必要とされると思いましたし、同時に何も言わないコート主任にも憤りを感じます。

 これに関連して、決勝はボールボーイを置いてはどうですか?少なくともこういった問題が起こらないためにも。昼の時間にジュニアの子たちにメリットを与えるならばボールボーイをするくらいの義務を課すことができると思います。エスコートキッズはいいけど、ボールボーイはダメなのでしょうか?
 これまでも、そういった場面が何年も繰り返されてきました。そのたびにここは改善したほうがいいと思うものです。
 
2020.1.20
遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。今年も八尾市ソフトテニス協会をよろしくお願いいたします。当協会のメンバーも多くの試合に参加させていただいています。今年もお世話になります。加えて八尾市で開催される大会にも、どうぞ奮ってご参加ください。かつてのように市民だけで大会が成立しない昨今、競技レベルの向上を目指した若者の部と、生涯スポーツを目指したシニアの部に分けて大会運営を行っています。どの部も春秋の市民大会、八尾市の選手権大会と個人戦は充実してきています。また各市対抗の団体戦である八尾市長杯争奪大会は一年の締めくくりとして競技の終盤11/3に固定しています。念頭に置いておいてください。

 今年の冬は暖冬です。八尾市でも氷点下になったことはないのではないでしょうか?そして毎年センター試験の日には雪が降るのですが今年は大阪では降雪はありませんでした。うっすらと金剛山系は白くなっていたようでしたが。
 そのおかげで練習も体が十分動くし、アウトコートの志紀練習も比較的多くのメンバーが練習に参加してくれています。賑わうのは有難いのですが、コートの面数が足りなくなったりでちょっと嬉しい悲鳴が上がっています。これからインドアシーズンが開幕です。そろそろ各体育館で始まっていくようです。皆様のご健闘を期待していますが、怪我には十分気をつけてください。

2019.12.9
12/3月曜日、体育館で夜間練習があり出かけた。少々風邪気味・・がずっと続いていたけれども、まあいつもの事さ・くらいに考えていた。通常の日のように女性たちがいてゆったりとしたペースで練習が進んでいれば、まあいつものように終わっていたのでしょう。でもその日は違っていたのです。成年の山本さんが一番乗り。後で阿部さんが来るとのことで早めに来たそうです。ラリー相手がいないので30分ほどラリーに付き合いました。最初から彼は普通に打ってきます。時間経過ごとにどんどんスピードが上がります。ミスも少ないしラリーが長く続くので30分間打つとぐったりと疲れてしまいました。
 その後他クラブの女性も初参加したりで、また更に30分近く今度はゆっくりと中ロブからロブでのラリーを行いました。これはこれで結構疲れます。
そんなこともあり、その後の練習を終わって帰宅したころは、これはちょっとまずいかな・と思えるくらい体が疲れて弱っているのが分かりました。
 12時間くらい寝たでしょうか、次の日起きると咳が少し出ています。ただ体中が痛かったり怠かったりで、これが風邪だけのものなのか前日の筋肉疲労なのかは判別しにくいものでした。
しかし、体の怠さと咳と痰が全くなくなりません。不思議なことに熱は全然上がらないのです。インフルエンザではないかと医者に行きましたが、どうやらそうではなさそうで簡単な咳と痰を切る薬をくれました。
 しばらくそれで様子を見ましたが一向に良くなりません。もう一度医者に行こうと思い、運転するのでコンタクトレンズをつけました。暫くは大丈夫で医者で痰を切る薬のもう少し強力バージョンを貰い帰宅しました。すると何だか目がおかしい・というか目やにがビックリするくらい出てきました。それも両目から! コンタクトを外せば治るかと思いましたが、後から後からビックリするくらい出ます。目薬を差しても止まる気配がありません。
 これは大変と眼科医に駆け込みました。眼科医の初診は時間がかかります。2時間くらい待ってやっと受診でした。それまで何の病気か分からず、一般患者から隔離された椅子で待たされ、不安は募ります。相変わらず目やにで泣きそうなくらいです。分からないことの不安は怖いものですね。
 色々な検査をして、流行目の検査もして、眼科医は、アデノウィルスでもないし眼の状態も悪くないけど結膜炎を起こしている。風邪で抵抗力が落ちてるところにコンタクトについてる細菌にやられたのでしょう・・ 加齢で涙の量が少なくなってるので殺菌がうまくできたかったと思われる・と。
 加齢とは残酷なものなのですね。生命を維持していく能力が失われていくということなのですか・。その後、殺菌の目薬と2週間後に再検査。そして一度眼底検査もしようということで次回は瞳孔を開く薬を使うということでした。あれを使うと半日は目が見えません。明るすぎてダメですね。
 2週間後は検査結果は同じでした。抵抗力低下で結膜炎発症。眼底検査の結果、右目に白内障の兆候ありと。またひと月分の目薬を大量に渡され経過観察となりました。でも薬は白内障の進行を遅らせる薬とヒアルロン酸の入った保湿性を高める目薬でした。どちらも本質的な薬ではありません。こんなことに多くの保険費を使うのかと一瞬腹が立ちました。医者も少し考えたほうがいいのではないでしょうか?
 まあ、1月も下旬に入ってきて、やっと咳と痰が出なくなってきました。風邪のウィルスは最古の変種亜種を起こすものです。人が薬を開発すればそれの耐性をもったものが必ず現れるのです。人とウィルス・どちらが勝つでしょうか?人そのものは進化しません。耐性を持ち変化をし続けるウィルスに負ける日がやがてやってくるのではないでしょうか?
 小松左京の復活に日がふと心を過りました。
2019.12.2
12/1は吹田連盟旗争奪大会で団体戦です。毎年8月第1日曜日に開催されてましたが、今年は猛暑で当日の朝の気温が高すぎて、市長判断で中止となりました。ただ、他の大会はいくつか行われていました。そういった事なら、全市に対して行事の中止は通達すべきだと思います。そして、来年以降もその時期の開催は出来なくなりました。10月第1週か2週目になりそうであると連盟会長からお話がありました。それはそれでいいと思います。ただ東大阪のクラブ対抗と近すぎて参加が危ぶまれます。
 この大会にも当初は出場する予定はありませんでしたが、1人都合が悪くなったとのことで出場することになりました。しかしクラスは45歳。まあ行ってみないとわからないとのことでいきました。10チームの参加で3/3/4のリーグ、トーナメントです。我々のリーグは吹田・東大阪・八尾の三市でしす。
かつてはこの三市で優勝を競ったものでしたが、どの市も高齢化が進み最近では選手をそろえるのも厳しい状況が続きます。若い選手は遊びも多く、さらに個人戦への参加も多いですからこういった団体戦の日は休もうか・という感じでもあります。かつてのように試合が少なくさらにこの大会の出場選手も非常に厳選された優秀選手が出てきたので、張り切って参加したものなのですが・・
 団体戦はみんなで勝ち取った優勝という喜びがあるのですが、どうも今は希薄になってるのでしょうか?

1戦目は吹田市でした。1番の一般男子は試合前は勝てそうだろうと予測していました。吹田-東大阪戦が先にあり、このレベルなら大丈夫だろうと踏んでいたのですが、試合が始まると打球の威力は確かにあるのですけど、ミスが多すぎます。そしてつなぎのロブも有効打を打ちすぎるのか少しずつアウトでポイントを失います。2球続ければ逆に相手がミスするのですけど、そこまでいきません。普通のラリーが入らないようでは試合になりませんね。
 2試合目は一般女子がファイナルの8-7というきわどい勝負で勝ってくれました。1-1でシニア男子の我々に回ってきました。ここで勝てば勢いがつきます。相手後衛は今年60全日本三位の守本さんです。10年くらい前は吹田クラブでよく一緒にやりました。そのころは単調で非常にきれいな形のテニスでした。しかし最近は色んな大会で入賞し実績を積んできたので、非常に自信もあるでしょう。ミスなくちょっと隙があるとビシビシサイドにも来られました。ポイントを取れそうで締めきれないまま1-④で負けです。ちょっと勢いをそいでしまいました。次のシニア女子、シニア60男子も負けて1-4負けでした。

2戦目は東大阪市です。一般男子はスロースタータ後衛ですがやっとエンジンがかかり始め、試合は対等になってきました。相手の前衛は割とミスを重ねてくれてファイナルへ。このままいき切るかと思いましたが、自力で押し切られました。その辺りがまだ課題です。一般女子は負けました。現役の大学生前衛でまあまあ上手いサウスポー前衛です。後衛もよく打つ人で割と簡単に負けました。今度はやはり勝って後半に望みをつなごうと思いました。よく練習に来てくれている西村・馬先ペアです。西村さんは綺麗だけどまだ試合は上手くない。ミスも結構出ます。馬崎さんもそうですが試合馴れしているので要注意です。まあ何といっても20歳くらい差があるので頑張ってみるだけです。
 前半はまあ思うような感じでゲームが進みます。西村さんんもちょっと遠慮したのかミスが多く3-1までリード。ここから押し切らねばいけないのですが2ゲームを相手も必死で繋ぎ勝負してきます。ファイナルへ。取ったり取られたりで4-4へ。次の一本ストレートからクロスへのロブが甘くなったのですがバックハンドだったので打たないで深く繋いでちょっとだけアウト4-5となりました。あそこが勝負の分かれ道でしたね。残念ながら3-④負けでした。シニア45女子もいい勝負をしたのですが、大島さんももっと打ち切ればよかったのですけど相手に合わせてしまい負けでした。全敗は免れたいと東山・北口ペアは相手の竹村・原ペアとW前衛同士のペアで戦いました。何とか勝利して1-4となりましたが、団体戦としては2敗で予選敗退となりました。

また、団体戦も頑張っていきましょう。
2019.11.26
あっという間に今年の行事も終わろうとしています。一年が早いものです。10~11月の様子を記載してみたいと思います。

11.3八尾市長杯
この日は昔から多くの試合がありそこに出るために選手が揃わないこともあり、一時日程を変更したこともありました。しかしながら、11月ともなると日暮れが早く、11/3より後方にもっていくともはや16時でもゲーム進行ができなくなる事態に追い込まれました。前に持ってくると10月は中央での試合が少ない分、多くの都市で独自の大会が以前から行われていて、やはり参加都市が減少するということになってしまいます。5~6年試行錯誤しましたが、結局元に戻った経緯があります。
 ソフトテニスも10年くらい前から各市での試合が増えてきました。経済的にも設備的にも開催できる体力を持っていますし、お世話になったところに恩返しするという意味もあって大会を創設するところもあります。ですから昔のように都道府県をまたいで試合に参加することも少なくなってきました。各市の大会は地元近郊の人が集まって試合をする・というように変わってきたのです。また運営する側が高齢化して大会を維持できなくなり、大きな伝統ある大会が消えて行ってしまってもいます。2年前に終了した北村全国大会、さらに数年前衣笠クラブの大会、岡山の旧日本ルールでやっていた北門クラブ杯、そして来年は岡山の壮年全国大会の姿を消します。寂しいことですがこれも時代の流れでしょう。
 八尾の市長杯は団体戦としては歴史のあるものです。各都市でのクラブとして市長杯と名の付くものは大阪市長杯以外では八尾だけではないでしょうか?そして、昨年までは前市長は必ずと言っていい程開会式に出席してくださり、祝辞を述べていただきました。体育連盟と市の生涯スポーツ課の連携がかなりうまく取れているということなのでしょう。
 この大会を若者離れをさせてはいけないとの思いから一般男女主体の構成にしてきましたが、他市からも「一般男女を2ずつそろえるのは難しい」との意見もあり、このスポーツの高齢化に鑑み一般男女/シニア男女/シニア60男子の5組編成としました。
 結果は優勝:堺市、2位:藤井寺市、3位:八尾市でした。常勝の吹田市、東大阪市は影を潜め、最近では群雄割拠の様相です。できたら、その都市で活動している選手で構成して参加をお願いしたいと思います。

11/3この日は同日に広島県福山市で井ノ口杯が開催されます。広島県東部の中心地福山で開催されるこの大会はシニアは福山城公園の近くのコートで開催され、珍しくクレーです。従って天候が大変気になりますが、今年は幸いにも快晴でした。昔は寒かった・45歳の部に出ていた頃は非常に寒くて、厚手のダウンを来ていたのを覚えています。日陰は寒いとはいえ重ね着をすれば凌げます。
 もはや65歳の部で出場です。次第に出場できるクラスがなくなってきました。昨年は常久・荒川ペアに決勝で負けました。今年はどうかと思いましたが、調子はあまり良くありません。リーグ戦もなかなか昔鳴らした人たちが2ペア入っていて、あわや負けるか・というところまで追い詰められましたが、相手が勝ち焦りをしてくれて助かりました。しかしこの調子では難しいな・と。
 準決勝は佐々木・中山ペアです。佐々木選手とは長い間対戦していません。過去の勝率はいいですが、もはや何の参考にもならないでしょう。一球目から中ロブで後衛が走りまわされます。思い切って何本かおこうとするけどかわされて相手にしてくれません。もう少し打ってくれたほうがいいと思ったけど、今日はそういうリズムではないのでしょう。あまり抵抗するところもなく0-④で負けてしまいました。消化不良です。

11/3この日は高槻でミックス大会があります。以前から行われていて、皆これに参加したく日程の変更を考えてものです。今年は御内氏が出場して準決勝まで行ったとのこと。最近ミックスも遊びでなく皆狙いに行くのでちゃんとしたペアを決めていきます。時代はやはり変化していってます。

11/10堺オープン
今年は八尾の選手権ともズレていて気兼ねなく参加できます。またねんりんピックが和歌山であり、主催者の会長と理事長が不在のため何となく閉まらない感じで大会が進行して行きました。参加ペア数が多くなりすぎて、ローカルルールでやっているのも関わらず、空いているコートが多く効率がかなり悪くなってました。なれない進行だったのでしょうが、何とか頑張って欲しかったと思います。
 60~65歳の部は19ペア、ここもかなり多いです。リーグは2位上がりでその勝ち負けによってトーナメントも変わってきます。我々のトーナメント一回戦の相手は中村・堀内ペアとなりました。いつも練習している相手です。やり易くもやり難くもあります。特に中村選手の豪打で我々は今季負けが多く、前半は苦しめられました。勝てたのは大阪府の社会人選手権だけだったと思います。
 今日も、何となくズルズルと・というより堀内さんの出来が良く殆どミスなかったですね。中村さんはまあまあの出来でしたが、大事な一本がミスなく入りました。小早川さんは若干気管支炎が治りきっていなくて動きが悪かったのは仕方ないですね。今日はあまり長引かせる試合はしたくなかったのが本音です。2-④負けです。

11/14~15東西対抗
4年前から45~80歳のシニアは11月に長浜ドームで東西対抗をすることに決まりました。今年度の東西選手権での成績で秋の大会の選手が決定します。そのほうがすっきりしていいですね。西日本は地理的に恵まれているので、東西対抗には大体西日本の成績通りの選手が来ます。東日本は非常に遠いので、上位に東北や北海道の選手が入ると次点の選手や近郊の東海、関東の選手が出てくることが多いです。従って成績は西が有利な結果が多く残っています。
 ただ今年は、いい選手が集まっているとのことで成績が拮抗すると予想されました。選手の名簿を見てみると、西日本は成績順に1~5位まで欠席がありません。東日本も同じです。メンバーを見て、やはりこれはいい勝負だろうなと思いました。しかし、すっきりと全員が揃っている・というのはやはり稀なのでしょう。東日本は川島選手が故障とのことで杉山選手に代わっていました。

 一日目は午後から2試合行われます。我々は一日目は東日本の上位2チームと対戦です。
 1試合目は長澤・篠山ペア。彼らと初めて対戦したのは14年前の白子の全日本でした。3回戦でしたが、なんと④-0で勝ったのです。その3年くらい前に全日本チャンピオンだったのですが元気がなかったのです。後で聞くと前日の夕食で食あたりをおこし全く力が入らなかったとのこと。長澤篠山に勝てたことがその時も全日本を獲る最初の関門で一歩でした。それから何度か全日本や東西対抗で対戦したのですが、幸運にも勝たせていただいてます。それだけに長澤篠山ペアの気合は凄まじく、どんどん攻めてきます。今年の全日本と同じようにあっという間にゲームカウント0-2です。ここから、粘って粘って2-2まで持っていきました。全日本と同じ展開になったのでこれは流れがこちらに来たかな‥と思ったのですが、相手サーブ1-2から私がレシーブをカットで返しました。長澤さんが前に走ったので足元のセンターに長いボールを送ったのです。ところが篠山さんは手足も長くそのボールをハーフボレーで強打しました。ちょっと予想が外れタイミングが合わず僕がボレーミスをして2-2に。逆に流れを戻された一本でした。あそこで前衛の足元に強打でローボレーをさせれば1-3のゲームポイントになる可能性が高かったのです。弱気というのではないですが、勝敗を分ける判断ミスをしてしまいました。長澤篠山ペアは息を吹き返し2-④で負けてしまいました。
 2試合目は川島さんの代わりの杉山守屋ペアとの対戦です。杉山さんは全然知らないのですが1試合目を見る限り、オープンでロブを打ち前衛がポジションを下げたところを抜いていくテニスのようです。ショートボールとラリーからのカットが結構うまいな・という感じです。要するにボールに威力がない分、コートを広く使ってオープンスペースを作ってそこの攻めを確実にするということです。
 分かっているのですが、結構翻弄されました。前々週から体調が悪い小早川さんはちょっと切れと粘りがなく、それをカバーしようと僕もミスが多かったです。GC1-3から2-3にしたのですが、そのまま2-④で負けです。
 2年前、森中福井ペアの福井さんの代わりに東西対抗に出ました。やはり5番で初日は1,2位とやって2敗しました。同じパターンになってしまい、明日は頑張ろうとホテルに帰りました。

夜は懇親会です。65~80歳のクラスの対抗戦だけに諸先輩方が多く、気後れしてしまいます。でも無礼講ということで許していただけたと思います。やはり、我々の年代と交流しました。女性も八尾から参加の長谷さんや岐阜の片山安藤ペアがいらっしゃいました。一緒に台湾に遠征に行ったお仲間です。皆さんともう一度台湾へも行ってみたいものです。
 池田会長もご高齢で93歳とか。私は来年からシニアソフトテニス協議会の理事を仰せつかることになり、何をしていいのかまだわかりませんが、微力ながら尽力したいと思います。
 
 2日目が始まりました。1試合目は大森中村ペアです。中村さんは昔からの、大森さんは数年前から大阪に遠征に来られるようになりました。強打で打ってくるボールは威力があります。中村さんはコート上では気が強く攻めの姿勢を崩しません。最初はそういった展開でしたが、1-0からのスタートでしたが、まだモタモタして1-2になりました。実はこの日の朝起きると右足の付け根に全く力が入らずテニスができるかどうか覚束ない状態でした。でも超音波治療のデモをやっていたので施術してもらい、何とか体が動くようになったのです。やはりプレッシャーを与えないで立っているだけでは、今日の小早川さんではやはり苦しいなと思い、動きをつけるようにしました。見てくれるとミスも出てきますし、ボールもやや甘くなります。そこから逆転して④-2で勝ちです。
 2試合目は松島小山ペア。名前は聞いているのですが、対戦は初めてです。昨日もすごく高いロブを打ち、相手を翻弄していました。ただ若干強いボールがないのと前衛さんのポジションが比較的外寄りだったので小早川さんは比較的攻めやすかったようです。④-1です。
 3試合目は全日本シニアの決勝の相手、三木山田ペアです。あの時は暑さもあり、我々の長い休憩に対して彼らは15分くらいでハンディもあったかと思います。今日はも一度頑張ろうとコートに入りました。3試合目で小早川さんはいつもの調子に戻っています。いい試合になりそうです。
 試合が始まると、調子の戻った小早川さんはやることが大体うまくいって、あっという間に3-0となりました。4ゲーム目は先に3ポイント取られ0-3からデュースに追いつき取りきりました。1ゲーム取られるとややこしくなりそうでした。

 結局東西対抗は3勝2敗の勝ち越しで終わりました。西軍の圧倒的勝利で男子は勝ちましたが、女子は久しぶりに負けたようです。
この大会は、毎年出たいものです。

11/17
 八尾選手権大会です。毎年、シニアは1,2部と2つに分けていました。しかしシニアの人数が増えてきて、今年は1,2,3部に分けたようです。毎年1部を45以上、55以上の2ブロックとして、各ブロックの勝者で最終の決戦をしましたが、今年はなくなりました。我々は55以上です。次第に若手が入ってくるようになりました。今年は寝屋川の中谷・福澤ペアが入ってきました。我々のリーグは7チーム。昨年優勝しているので、3組のブロックです。が堀内・真壁ペアとこちらもいい力を持っています。初めて参加したので中谷ペアと初戦です。中谷さんはとてもオーソドックスなフォームでフォアバックともに綺麗な打ち方です。大きく構えて中ロブも打てるのでなかなか面倒な相手です。ただ福澤さんのボレーやスマッシュに切れが乏しくなってフォローがされやすいのでなかなか決まりません。焦れてサイドに打ってきたりして④-2で勝ちでした。
 2試合目の堀内戦は、こちらも真壁選手が練習不足なのかミスが多く、堀内さんもつられていつもの強打はなりを潜めてました。④-1で勝ちです。こちらのリーグからは我々と中谷ペアが上がりました。

 決勝トーナメントは他ブロックの2位とです。我々の相手は菊地・木村ペア(箕面)です。菊地さんは剛球打ちです。特にバックは思い切って引っ張ってくるので大体がアタックかサイドパッシングになります。そこだけ注意していくことにしました。木村さんは身長が高くスマッシュ得意です。不用意にロブを使わないことが大切です。その辺りを注意しながら有利に展開を進めました。④-0で勝ちです。
 決勝の相手は中谷・福澤ペアで、小西・原ペア(堺・東大阪)を④-1で下して上がってきました。本日2回目の対戦となります。1回目で負けてるだけに対策は練ってきているでしょう。気持ちを少し入れながら入りました。
 しかし、やはり小早川さんのバックを狙い上がってくるボールを福澤さんがスマッシュに入るというパターンを徹底されます。取りに行こうとすると中ロブを使われ1-3までリードされました。しかしここから小早川さんの持ち前の粘りと僕はセンターに立って誘いを主体に変えていくとクロスへ絞るボールのアウトやサイドへのボールが甘くなったりでファイナルへ。もうこうなると後衛は攻めに転じてどんどん打っていきます。角度がついて殆ど福澤さんは取れません。④-3で逆転勝利でした。
 これで3連覇達成できました。そして今年の小早川さんとの組む最後の試合を締められて良かったです。

11/23
今期アウトでの最後の試合、広島の中国オープンに出場です。客坂さんとも沢山出ましたが、なかなか勝ててません。何とか最後を締めたいと思ってました。中国オープンも今年は出場者が少ないようで、いつもバレーコート(クレー)を使うのですが、今年は未使用でした。聞けば他でも試合があるようでそちらにも流れているのだとのことです。
 
 最近、試合への出場ペアが減少しているとの話が出ました。福山の井ノ口杯も減ってきているようです。シニアだけでなく一般も減少傾向です。シニアの若い部、かつての45~55くらいは非常に少ないですね。危機感を持っているのが実情です。高校も急激に競技人口が減ってきています。大阪も高校生のクラブ登録人口が激減で、来年からインターハイの個人枠が8→6になるとの話を聞きました。
 人口が減少し、スポーツの種類が増えてきています。加えてメジャースポーツとしての認知度の上がったバドミントン、卓球、ラグビーなどに加えて若者に人気のスノーボードやスケートボード、ボルダリングなどに人が割かれていきます。ソフトテニスも海外への対抗選手の育成だけでなく、ボトムが大変なことになってきていることを十分認識しなくてはなりません。どうすればメジャースポーツになりうるか・考える時期でしょう。今しかないのでは?

 さて試合は65歳の部はそれでも19組の参加です。3~4ペアのリーグ戦、1位抜けです。我々のブロックには宮本・角田ペアがいます。宮本選手は試合巧者、この大会も何度も優勝しています。最近勝ちには恵まれてませんが、やはり怖い存在です。試合はサービスキープで進行しましたが、我々のレシーブゲームの落とし方が良くないです。簡単にミスを単発で重ねてしまうので不安になってしまいます。何本は続くからそこまでは安心だという気持ちになれないのです。何とか2-2にして次のレシーブゲームをやっとの思いで取り、最後は何とか締めることができましたが、ある程度ボールはもって欲しいなと思ったものでした。
 とりあえずリーグは抜けましたが、トーナメントに入ると一回戦は佐々木・中山ペアです。ここは先日の井ノ口杯でも負けてますので作戦を変更していきました。佐々木選手がコントロールできない程度のボールを打っていくことで甘くなるボールを抑えると。その作戦がうまくいって2-0までリードしましたが、次のゲームを簡単に落とします。センターに上げられたボールを強打してネット連発、入れに行くと簡単にボレーです。そこからリズムが崩れ始めました。あそこで明らかに佐々木さんはロブ中心に切り替えたのでがっぷり一本繋いで逆に回していくようにしなければならなかったですね。テニスはミスをしてはいけない競技です。そこが敗因でした。2-④負けです。勝てばベスト4でしたが、ダメでした。


2019.10.22
季節は急激に秋から冬に向かっているのに、昼間はまだ暑い。日本近くの海水温が非常に高くどんどん台風の発生が続く。通常は南の海上で発生してフィリピンから沖縄に向け、偏西風に乗って日本に上陸する。沖縄から九州のコースは台風銀座とかつては呼ばれていた。でも海水温の上昇とともに台風が北上して沖縄などに行く前に偏西風に乗ってしまい今や沖縄には上陸せず。今年などは関東から東北が被害甚大となった。これは雨に慣れていないことで治水工事や建築基準などが九州や沖縄に比べると持ちこたえられないレベルで設計されているようだ。

 ここ5年くらいの間に、広島安佐、岡山真備、福知山、兵庫佐用、三重県那智、九州熊本、大阪強風などがありました。それに続いて今年の小型であるが強風の千葉直撃災害、続いてやってきた超大型台風による東日本の各地での浸水被害はダブルパンチになったところもあるし、非常に壊滅的な状況になっているところもあります。さらに数年前から各地に竜巻の被害が頻発しています。子供のころは竜巻など遠くアメリカの話でした。でも今はそういった気候の変化がすでに違っていると認識せざるを得ません。今までの経験をもとに色んな土地の使い方が工夫され、護岸工事や建設業もそういったデータでその土地を管理してきたのです。でもそれが役に立たなくなってきています。新しいルールを構築しなければなりません。亜熱帯を基準にした建物を考えなくてはなりません。雨風の対策も基準も変化させなければならないでしょう。

今日は納采の儀、天皇が内外に即位を表明する日でした。天皇が古代から変わらぬ伝統でこの儀式をおこなってきました。昔は権力の最高峰の地位を確立した宣言、武家社会では今と違うけれども武家の傍らにいて現代に近い任命や権力の象徴として存在していました。明治政府は天皇を主権としての国家を築こうとしました。天皇は政治の中心にいたのですが、現実には明治天皇の独裁とはならず、現在の形より天皇は政治に関与していたけれど明治政府の議会国家であり、最終決定は天皇の判断ということでした。大正、昭和とその形は残りますが、軍部の力が強大になってくると、かつての武家社会と同じような形を取り始めます。天皇は最終決定はするけれど、そこまでの判断を殆どが政府、軍部が握っていたといえます。戦争責任は・誰にあるという議論は今もあります。事実は我々にはわかりません。負けたからそうなっているので、多くの犠牲者が出たとしても形上勝てばそんなことは言われなかったでしょうけど。

ただ、敗戦国の中にあって天皇制はあの民主主義の象徴のようなアメリカでさえ残しました。日本の存在意義を天皇制を残すことで見出したのか、有効に活用しようとしたのか、それはわかりません。天皇にその方向性を決めさせようとしたのかもしれません。民主主義を定着させた国家に王族はどのように溶け込んでいくのかを見たかったのかもしれません。分かりませんが。
天皇はしかし、見事に国家の中での地位を確立したといっていいのではないでしょうか?昭和天皇はその2つの世界をまたいで天皇制の変化を受け止めたのです。自らの戦争責任を恐らくは覚悟し、諸外国からは神ではなく一人の人間として裁かれることをきっと覚悟していたことでしょう。しかし、象徴という存在と位置付けられた。神から象徴・・おそらく悩んだことでしょうね。何をもって象徴というのか・・定義を探した天皇、変化に対応しきれたかというとそこまで完全に対応できてはいなかったと私には見えます。
 しかし、平成天皇は子供の時から戦争の中で疎開や隠遁生活を強いられました。見つかれば死、ということも考えたでしょう。昭和天皇とは違い子供の時から死を覚悟しなければならなかった・・その苦しみは・わかる・などと軽々しく言えません。
 彼の柔和な顔立ち、心の平穏、戦争犠牲者や被災者への接し方などにそれが表れています。話し方にも一切の棘がなくゆっくりとですが実に正確に話される。譲位のお考えはその言葉の問題、正確に伝えられない、間違う、などということがあってはならない、という日本人の象徴としての振る舞いができなくなったからだ・といわれています。
 凡人は、間違っても、すみません訂正します、が言えるけれども、天皇が間違うということはあってはならない事だったのです。私は平成天皇、昭和天皇が文章を読まれるとき間違ったのを聞いたことはまずありません。それだけ話すということ、自分の声の重大さをよく分かっていたということなのです。国民のいいことだけでなく災害でもどんな状況の時でも天皇は国民と共にいて心情を同化する、という寄り添い感が平成天皇の確立した天皇の姿であり皇族としての国事行為の遂行、政治以外での外交により国の尊厳を維持するという姿勢は敬服するものだと思います。
 どこの国の首脳が来ても、貴族が来ても、彼らに対等以上に接していらっしゃる。存在そのものに威厳と風格のあるこの天皇という存在はやはり消すことはできないものだったのだとわかります。平成天皇は過去のどの天皇よりも素晴らしい天皇の存在を変革して示された。令和天皇はそれを踏襲すると宣言された。時代は引き継がれていくことに安心感を覚えます。

私は天皇制の良し悪しについての議論があるとすれば、人権平等という立場からすると生まれながらに平等ではない天皇家、宮家に庶民は苛立つのかもしれないと思います。しかし、逆に自由に生きられない人に生まれたのに人でなく、苗字も戸籍もない存在ですが、皆さんはそこに生まれたいと思うでしょうか?本当に・・。私は嫌ですね。そこで自分を表現するしかない国民に監視されている皇族はなんと辛い人々なんだろうと思ってしまいます。

戦争というものは国内外の兵士や民間人を多くの危険にさらし人命を奪い、財産を奪い、時には何年も人が入ることのできない土地にしてしまいます。戦争を起こしたほうには責任は大ですが、そういう状況に追いやることもまた罪があります。
 日本を弁護するつもりはありませんが、その時の状況は今の韓国やシリアやクルド人、ヨーロッパに逃げ込んでいく難民、迫害されている多くの少数民族に共通して言えることではないでしょうか?危険な状況にあっては窮鼠は猫をも噛みます。平和とはいったい何なのか、平和を勝ち取ることはどうすればいいのかを考えて欲しいです。今の政治論争を聞いていると、こちらは正しい、こういう論理で行けば相手が悪い・と正論で話します。正論でくればそうでないほうは話をはぐらかすしかないではありませんか?しかし、国を守り国民を守る主権者は相手国の論理だけではいそうですかと肯定するわけにはいかないでしょう。

政治というのはその時点での妥協点を見つけることです。どうするニッポン・・・

2019.10.20
先ほどラグビーワールドカップの日本-南アフリカ戦が終わりました。残念ながらベスト4進出とはなりませんでしたが、前回大会に比較して数段レベルが上がった試合を数多く見せてくれました。特にリーグでのアイルランド、イングランドの戦いは素晴らしくラグビーというスポーツを今の日本に強烈にアピールすることになりました。
 でもラグビーは僕たちの世代にとってはとても身近なスポーツでした。それはラグビーの学生日本一決定戦と社会人との対抗戦で日本一を決める試合が年中行事の一つとして生活の一部になっていたからです。今は祝日は連休を作るためか色々と変動するものがあります。成人の日もその一つで以前は1月15日と固定されていました。毎年1月2日に学生日本一を決める大会があり、そこの勝者と社会人日本一の勝者が1月15日に決戦を行う・・これが僕たちの正月の楽しみでもありラグビーは日本の花形スポーツの一つとして認知されていたのです。僕たちの学生の頃は早稲田から明治、そして関東学院、西では同志社が群を抜いていました。社会人は新日鉄釜石、そして神戸製鋼、それから近鉄と覇権が映っていきました。それらのチームが見せるファイトとスピリッツは本当素晴しかった。
 でもそのラグビーの仕組みが変わり、今ではその学生日本一の試合も、社会人と学生の日本一を争う試合も無くなってしまいました。すべて全日本選手権に統一されたのだと思います。しかし・・・それで良かったのでしょうか?スポーツは人気がないと次第に子供たちの参加がなくなってしまいます。そうすると次第に衰退してしまいます。底辺の無いスポーツは存続が厳しいのです。
 ラグビーもそういった日本中が注目する試合の放映がなくなったことで急速に求心力が無くなっていきました。新しいスポーツの台頭もあります。スノーボード、スケートボード、シンクロや新体操、最近ではクライミングなどもオリンピック種目になってきています。僕がソフトテニスを始めたのは中学に入り始めてみたそのカッコよさに衝撃を受けたからです。それだけその先輩たちが上手で魅力的だったということです。もしも今僕が教えている高校男子のプレーだったら、僕はきっと迷わず野球部の部室を訪ねていたと思うのです。若者は新鮮さとカッコよさに魅力を感じます。やりたいという欲求はそうありたいという目標がある事に他ならないからです。
 ソフトテニスはとても面白い競技だと思います。柔らかいボールが生み出す多様性を自在に使いこなして、さらに戦術を駆使して硬式テニスでは何年もかけてやっと到達する技術的、精神的高みに比較的早くいくことができるのです。その面白さはダブルスが最も顕著だと思いますが、最近やっと形を成してきたシングルスでもきっと面白いものがあると思われます。シングルスももう少しネットの高さは工夫したほうがいいと思います。硬式テニスもシングルスではややサイドライン際は高くなっているはずです。ソフトテニスは同じ高さを使いますが、競技を面白くするには5㎝ばかりネットを高くすることは必要です。それは簡単なことだと思われます。今のままではネットプレーヤーが生まれる可能性は低いでしょう。サーブとストロークだけがうまい選手が勝つのではソフトテニスのいい面が半減してしまうと思うのです。是非一考されることをお勧めします。
 
もう一つ、ソフトテニスをオリンピック競技にすることを目標にされていると聞き及んでいます。しかし、今のソフトテニスの儘ではきっと受け入れられないでしょう。硬式テニスとの競技性の差はどこにある? まあそんなことを言えば空手とテコンドーは変わらないじゃあないか‥と言われれば何とも言えないですけど。
 それよりも、ソフトテニスは日本で生まれた競技です。学校教育でもクラブ活動でやってた人も多いです。その利点を生かしてもっと国内で競技を楽しいといえる見るスポーツに変革させていく必要があるし、そちらに注力すべきではないでしょうか?
 卓球でもあれだけ暗いスポーツだの言われてきましたが、ボールを変え、卓球台を変え、ユニフォームを変え、そして愛ちゃんを全面的に支援するクリーンイメージ作戦を見事に成功させ、今や国民的スポーツに返り咲いたのです。ゴルフでもジジイのスポーツから石川、宮里などの選手を前面に押し出してのち若い力が台頭し、今や女子プロは彼らを見て育った世代の花盛りです。
 ソフトテニスを日本に浸透させることが出来なければこのスポーツの未来はないでしょう。たとえどんなにいいスポーツでも衰えて行ってしまうのです。

ラグビーの話に戻しましょう。日本の4年前のワールドカップを見た時にはまだまだ物足りなさが感じられました。フォワードの弱さ、バックスの体の弱さやパス回しの遅さ、モールでのボールの支配力、スピードなど、全てにおいて弱いな・・と。でも今回のメンバーはそのすべてを見事に克服していました。ボールの支配率は高く、持ったボールのパス回しの速さ、一気に押し込む体の強さやスクラムでのフォワードの強さは決して他のチームに引けを取りません。それどころか押し込んでいくので相手のラインは下げざるを得なくなりバックスは自在に押し込むことができていました。
 おそらくこの4年間彼らは凄い練習と努力を重ねてきたのでしょう。この4試合のために生活も家族も殆ど犠牲にしてやってきたと想像します。そうでなければ今回の大会でのこの変貌ぶりは信じがたいものです。
 初めてのベスト8.ベスト4をも期待しましたが、恐らくそれは無いだろうと思っていました。百戦錬磨の南アフリカ、以前負けた悔しさと意地プライドにかけて、そして今回の日本の戦法を十分調べつくしているはずです。それでも前半は日本が殆どボールを支配し南アフリカはいいところで反則をし続けました。焦りや強引なプレーが出ていた証拠です。ただ、ここで点が入らず、日本チームは体力を消耗しすぎました。後半の選手交代から一気に流れが変わりました。南アフリカフォワードは前へと押し込みモールラックからつぶして日本にボールを渡さない、ラインアウトでは高さを生かして殆どのボールを奪います。フォワードもバックスも体の強さが尋常ではありません。スピードに乗って畳みかけます。一瞬のスキをついてのトライは速いしうまいです。そして最後の攻撃、時間を過ぎてもアトワントライを狙いに行くという攻撃姿勢は蹴りだせば終わりという場面であっても、最後の最後までいい試合の形で終わりたいという姿と意思の表れでしょう。時間の区切られた競技は最後に勝っているチームがボールを相手に取らせないで時間を稼ぎ、試合終了まで観客のブーイングも気にせずやり続けることがあります。前回のサッカーワールドカップでも日本がそうやりましたね。そのあと大きな議論を呼びました。勝つために当然だ!スポーツマンらしくない!この2つが集約意見です。
 スポーツの考え方にフェアプレー、フェアなマナーが根底にあるのは周知の事実です。だとすれば答えは出てますよね。そうしてそのようなプレーが行われないようにルールを改正すればいいだけのことです。
 今回もラグビーというスポーツを通じて日本の皆さんが多くのことを学んだと思います。このスポーツのルールに余り不満を抱いた人は少なかったのではないでしょうか?ソフトテニスはどうでしょう。競技性に問題はないでしょうか?選手はルールに基づいて公正に試合を行ってるでしょうか?そういった事が問われているし、常に自己浄化のシステムを持っていないと競技は育っていきません。
 ソフトテニスの在り方が今問われていると思います。

2019.10.7
全日本シニアが終わると毎年秋が来た・と実感します。暑さ寒さも彼岸までとか昔の人は言いました。でも確かに当たっています。9月23日は彼岸の中日でそのころになると日本の昔からある田んぼのあぜ道や山裾の野道やお墓などには彼岸花・曼殊沙華がほぼ季節を間違わないで出てきます。僕には異様な豪奢な形で真っ赤な激しさを持ったある意味狂気を感じる花です。すーっと伸びた茎の黄緑色の先に大きな花が秋風に揺れます。遠くからでもその姿は派手なのにどこか物悲しく侵してはいけない厳かなものを感じるのは僕だけですか?
 子供のころはそういったものを感じながらも切って家に持って帰ったものでした。「おかあちゃん、きれいじゃろー!!」って・・その時母は烈火のごとく怒って「はよーすてんちゃい、死人花など縁起でもない!!、家の中に持ち込まんといて」
 日本でなくて、そういう彼岸など風習の無い国なら喜ばれたんでしょうか? 
実務的な話をすると、曼殊沙華の球根には毒があって、田畑の畔や墓地などに植えられているのは、自然に育ったものではなく、モグラや害虫を寄せ付けないためなんだそうです。きっと先人たちはせっせと植えつけたのでしょうね。
 今や、その光景が日本のお彼岸には必ず咲きほこりまるで先祖の霊を慰めお迎えしているように感じるようになったのでしょう。
 秋は、今年の秋は特に急激にやってきました。昼間はまだまだ暑いですけど、夜は寂寥感が増してきます。

秋は寂しさだけでなく色んな活動も盛んになります。〇〇の秋はなんでも当てはまります。ローカルの大会はこれからがシーズンです。全日本後もはや3大会がありました。
10/5土曜日は奈良市の鴻池コートで奈良西日本大会が開催されました。昨年から一般、35,45とシニアの部の2日間で行われています。我々はシニアで当然ながらその日に参加です。今年は愛知県からの参加が多いのが印象的でした。
 シニア65の部はどこでも参加がいいのですが、ここもそうで19組の参加です。例年リーグとトーナメントですが、今年は2位まで上がりでなくリーグ1位のみがトーナメントに進めることになりました。参加組数が非常に多いし、コート費が高いのだそうです。
 6ブロックに分かれてまず予選リーグです。リーグは吉川田中、高木頓田ペアとの3組です。吉川さんはあまりよく知らないですが学生時代は同志社らしく打ち方にも安定感があります。田中さんは何度か橿原クラブで練習しています。最初のゲームは割と簡単に取られました。しかしサーブを選択し、高い確率でいいサーブを打つ吉川さんは試合馴れをしてくれば次第に頭角を現してくるのではないでしょうか?今回は2ゲーム以降はキッチリ無理をしないで戦い④-1です。2試合目は高木頓田さん。高木さんは大正クラブの練習仲間、頓田さんは試合を何度か見ています。いつも高木さんは中ロブをずっと打ち続け相手のミスを待ちます。西日本はうまくいってたようですが、今日はコバちゃんの球が厳しくキレがあり殆ど単調にテニスが終わり④-0です。
 予選を抜けましたが、我々はベスト4にはもう一度勝つ必要があります。相手は前田木村と加納福島さんの勝者です。前田ペアにミスが多く加納福島ペアと準々決勝です。加納さんはいつも早めのミスが出るのですけど、今日はミスが少なかったです。3~4本続けられると嫌だったのですが、3本目には勝負するかアウトになります。前衛の福島さんは少し不満そうでした。④-2までいきました。

 準決勝は第1シードの福谷高田ペアです。肩の手術後の試合はまだまだ戦い方を模索しているようです。僕たちも同じでしたのでよくわかります。しかし時間の問題でしょう。ここまで復活されてくれば上位の常連になるのは明らかだなと思います。すべては来季からでしょう。でも今日の試合も打つのは少なかったですけど相変わらず正確につなぎをセンターに入れてきています。まだまだ甘い球が多く感じました。今日は後半あまりにもコバちゃんが良すぎるのであまり無理をしなかったのも事実です。だからこそ細かい前後の動きが前半にできていなくて、ボレーやイージーボールミスが出てしまいました。後半は極力足を動かすことに専心したものです。2-2までいきましたが、そこからは落ち着きました。④-2。

 決勝は全日本シニアの準決勝の相手、岩田吉田ペアです。コバちゃんの観察では今日の岩田さんの配球はすごくいいとのことです。準決勝は中村中辻ペアでしたが難なく④-1で突き放しています。さて決勝の1ゲーム目は比較的長く続きましたが取りきり1-0。チェンジサイズのベンチでコバちゃんがなかなか立ち上がりません。そして声もとぎれとぎれで息が上がっています。・・これは!と思い、大丈夫・と声をかけ5分休憩を取ろうかと思ったとき、相手チームの吉田さんがふくらはぎに痙攣をおこし休憩に入りました。とてもラッキーです。やはり運がいい、ツイてるときはこんなものですね。風が吹いてくれるようです。でもダメな時はそれこそ3-0の3-0からでも逆転負けを食らいます。実力を出すことは平常通りにやることが前提ですが、それ以外の何者かがあるという気がしているのです。
 手当をして戻ってきました。でも試合を進めてみましたが殆ど動けません。コバちゃんは容赦なくツイストだのサイドパッシングだの色々やります。ジャンプがしにくいだろうから低い速い中ロブを打って岩田さんを翻弄します。最後まで僕の出番はありませんでした。④-0

 この大会、記録を見ると5回優勝しています。令和元年という節目の年に優勝できてうれしく思います。

2019.10.1
全日本シニアが終わって多くの方々に祝福され幸せな時間を過ごしています。ただ、大会後の疲労感は今までに味わったことのないものでした。3日間はほとんど何もしていません。ただ2日目の火曜日は秋田の袴田さんご夫妻と京都から大阪市内のご案内をさせていただき、テニス抜きの観光案内をした次第です。袴田さんは熊本の松村さんとのペアで、優勝候補の一ペアでした。最有力であったことは間違いありません。どちらも名前衛名後衛、お二人合わせると何回チャンピオンになった事でしょう。会場が違うために試合を拝見することはかないませんでしたが、ベスト4決めで敗退とのことでした。上手な人が2人組んでも絶対に勝てるということがないのがこの競技です。ポイントが少なく決着します。少しでも緩めるとあっという間に付け込まれます。イージーミスが大きな傷口となる場合も多いです。いろんな風が吹き、通り道も潜在的に多く存在しています。思わぬ番狂わせが生まれやすいスポーツです。それだけに誰にでもチャンスがあり、何があるか分からないワクワク感をいつも感じることができるのです。自由にボールをコントロールしていきたい袴田さんと運動能力の非常に高い松村さんは微妙に歯車が狂ったのではないでしょうか? 狙っているところなどが非常に良く似ているので狙う球も同じだったことでしょう。シニア70では松村さんにとってはボールの勢いが弱く、すべてのボールが決められると思って動いた可能性もあります。いずれにせよ、ぴったりと歯車があった訳ではなかったということです。
 とにかくこの日は休養日、大阪の暮らしが見えるようなところというので天神橋筋6丁目商店街へ。昭和の香りが多く残りあまりにも安い物品が多く揃っています。両サイドの店との距離もピッタリで味わい深い商店街です。有名なお寿司屋さんに行きました。すし政でたっぷりと堪能していただきました。海の近い能代にお住まいなので・お寿司はどうかな?と思ったのですが気に入ってもらえたようでした。次はなんばへ。心斎橋へ行きたいと。戎橋の有名な看板や人形などを見て、今や日本ではないほどの大勢の観光客の波にのまれカニとフグに見送られながら一路伊丹空港へ。少し時間は早めでしたが、食事と買い物があるとのことでお別れしました。暑い一日でした。きっと大阪は暑いと思われたことでしょう。

 金曜日は午後レディースの練習があり、夜はクラブの練習でちょっと疲れそうでした。ゆっくりと始め、早めにお暇して体力を温存しました。
 土曜日は午前中橿原クラブへ。しかし、小早川さん来たらず。疲れてるのか所用があるのか珍しく顔を見せない。参加人数も若手は多くなくて、それでも3試合やって終了。昼からは大阪OB会へ。9/23に大阪府選手権があり、吉野さんとペアを組んで練習しておこうと。こちらも人数が少なかったり、けが人が多くてあまり一生懸命やる感じでもなかった。やはり全日本シニアが終わると一挙に秋になってしまう。。コートに入るとまだ余韻があるのか割と余裕をもって試合が運べる。とりあえず3試合して終了。明日の後衛さんに期待する。
 
9.23お彼岸の中日に大阪府の選手権。これも大きな大会だ。朝コートに入るとシニアの皆さんが一斉におめでとうと祝福コール。とても嬉しいです。思いがけず皆さんの笑顔に囲まれたスタートになりました。65ドローは昨年2位にも関わらず第1シード。1シードの谷本小森ペアがケガで小森さん欠場。谷本さんは中辻さんと組んで第2シード。僕と中辻さんはペアが奈良県在住で在クラブなので選手権が終わった後だから大阪の元のペアと組もうということになって今回私は吉野さん、中辻さんは谷本さんと片割れ同士のペアとなりました。ただ、私たちは1ブロックでしたが、福谷高田さんがはいっています。でもこれはないんじゃあないかと思いますが、その他のブロックとの力関係を見れば・・ですね。昨年の実績もありますが、でもそんなに酷くはなかったと思います。愚痴を言ってもしょうがありません。トーナメントですから、組み合わせももちろんあります。運がいい人はいますが、モノにできるかどうかはそのペア次第です。ともに1勝で迎えたブロック3試合目。その前の試合で安藤田口ペアに苦戦。どっちが転ぶか分からない試合でした。でもそれを最後は打てるようになってました。強い福谷さんが来年は見れそうです。
 福谷さんは肩の手術が終わって一時期やってましたが、全日本も芳しい結果ではありません。どうだろうと思ってみていましたが、吹っ切れたようで我々の試合は拙いことになってるかもしれないと思いました。
 やはり以前ほど打たないで繋ぐ意識が高いと思います。本人は、勝ち方を忘れてしまった‥と言っています。我々も最初はそうでした。勝つということは難しいです。勝ち続けることはもっと難しいです。それでも最初は打ててなくてイージーミスが続き、これはまだまだだなと思っていたのですが、後半はある程度打ってこられました。試合後の話では、やっと打てたので次くらいからは思い切っていけるのではないか・・と話されました。
この試合はファイナルになりました。何とか逃げ切ったという感じです。

 準決勝は藤谷山﨑ペアと藤井安田ペアの勝者との対戦です。藤谷ペアが④-1で勝ち上がってきました。我々は以前にも彼らと戦っています。まあ、普通にやれば大丈夫・と思ってましたが、出だしが悪く0-2と先行されます。次を取り、4ゲーム目を3-0としていたのにひっくり返されデュースにしてしまい何となく意気消沈。何回もデュースをしましたが、最後根負けです。このままではいけないと、やっと目覚めた感じで次を取りきりファイナルへ。ファイナルで藤谷さんが足に来て動けなくなり勝負ありました。

 反対の山は谷本中辻vs綱島成富ペアの対戦です。よく似たタイプの後衛と全く違う中辻、成冨さんの対戦です。成冨さんの積極的なプレーがあり、ファイナルで綱島ペアが決勝の相手となりました。

 今まで、綱島さんとは何回か対戦して、まず分はいいですが縺れる時も何回かありました。まあ大丈夫だろうと思って入ったのが落とし穴でした。最初2ゲームを取り2-0.3ゲーム目を3-0,4ゲーム目を3-1まで取りながらその2ゲームを落としました。次は建て直して取り3-2。このまま押し切ろうと思ったのですが取られてファイナルへ。一本目のアタックは高くアウトと思ったのですが、綱島ボールでライン内側にイン。これから何となくリズムがおかしく、それに付け込んで成冨さんがどしどし出てきます。その積極プレーに負けたかな・という感じでした。3-④負けです。
 大阪府選手権は2年連続2位に終わりました。

9.29は岡山全国壮年男女ソフトテニス大会がありました。毎年こちらの試合と重なってここ数年参加ができていませんでした。今年は試合がずれて参加することができました。しかし参加してみると、大会が衰弱していることがよく分かります。岡山壮年会のメンバーが高齢化してしまい、若手を入れていかなかったことがこのような断絶を生んでいます。こういった現象はどこのクラブでも見られることですが、県を代表するような組織が移行を上手く果たせないのはとても残念なことです。是非とも再起を期待したいものです。
 ただ小原会長が、この大会を来年で区切りとしたい、と終了宣言をされました。寂しいことですけど、僕としては続けて欲しいですけど、今や組織に若返らせる体力がないのかもしれません。
 今年、来年と参加してみようとは思っています。来年は岡山での全日本シニアの2週後と聞いています。

松(65以上)の部は9ペアの参加です。3チームの3リーグで2位上がりトーナメントです。我々はCブロックで1位上がりは第2シードになります。2位上がりだと小山になり苦しい思いをしなくてはなりません。ただBブロックの1位が小山に入ってきますから1位抜けでも厳しいと思います。リーグ内は大岩・佐田野、岸本・小松原ペアです。大岩ペアは先日の丸亀で新開・阿部ペアに④-0で勝っています。侮れないものです。大岩ペアは先日の試合を見ていると、速く打ってくる相手にはうまく力を利用して打ちまわしていましたが、緩めのボールや打ちまわされた時のコントロールが少し甘いようでした。客坂さんはその辺りが得意なので大岩さんは返球が甘く比較的簡単に終わりました。2戦目は岸本・小松原ペアでした。岸本さんは足は速く定位置ではいいシュートも多いですので、こちらも一試合目と同じで対応しました。④-1で勝利です。

 準決勝は常久・荒川vs友田・高橋ペアの勝者とでしたが、④-0で常久ペアが上がってきました。今日は常久さんのサーブは厳しく速いです。いつもよりかなり速いです。今日はサーブの練習をしているとのことです。客さんは常久さんに強いらしく、思い切り打ってこられたボールを上手く打ち分けます。ミスなく正確に回すボールに追いついて剛球を打つのですけど、ヒョイヒョイとかわす技術は大したものです。サーブも速く打ちすぎてダブルフォールトを何本もポイントでやってくれました。困れば荒川さんの足元を攻めてポイントを貰いました。簡単なボールを返すと本当に厳しいボールが飛んできます。慎重に対応して④-2で勝ちです。

決勝は福島・田辺さんです。福島さんは勝間田の出身で若いころから名選手です。高宮さんが生きていたころ北門クラブという名門クラブがありました。福島さんのお父さんが代表選手でした。北門クラブ杯という旧日本ルールの大会をずっと続けていました。その時高宮さんと組み決勝で1勝1敗だったと記憶してます。剛球家でバックも非常にうまいです。田辺さんは左利きで器用ですし、ボレースマッシュ、レシーブ共にそつないという感じです。1本リードしたポイントでバックレシーブをアタックしましたが見事にジャストミートされました。あれあれという間に1-3となりました。締めなおしてガッチリ行って2-3。次をしっかり行けばファイナルで何とか・と思いましたが、サイドパッシングを2発決められ0-2。次の僕のサーブ2本を取って2-2。しかし次のセカンドをサイドパッシング。最後はラリーから福島さんのロブが逆クロスロブに。サイドライン側に落としたボールがサイドぎりぎりに落ちたが判定はアウト。今日も又2位でした。

2019.9.16
僕たちソフトテニスシニア世代の毎年の最大のイベントである全日本シニア選手権が今年は9/13~15に京都府の福知山市で開催されました。しかしコート数が非常に多く必要なため4か所の分散開催となりました。やはり色んなクラスの人たちの試合もみたいし、同一会場でやって欲しいという願いはあります。せめて2日目は同一会場にするくらいの配慮は欲しいです。ただ、参加ペア数がどんどん増えて現実には40~50面を抱える庭球場は日本に数えるほどしかありません。まあ持ち回りでなくともある程度固定でもいいではないか、とも思えます。一度考えてみる時期に来ているのではないでしょうか?

ミックスの部が9/13に開催です。一時期のような盛り上がりはやや失せたような気がします。上がっているペアを見ても上位は圧倒的に男子後衛、そして夫婦が多いですね。でも競技からいうとこの競技は男子が圧倒的に負担が多いです。勝負に徹するなら男子は女子を徹底的に狙いポイントを重ねます。競技というのはそういうものかな・と考えさせられます。硬式のミックスダブルスもまた然りです。全力でやるのですけど、男子同士、女子同士で組んでやるのとはまた違ったものです。それが世界的に増加傾向なのは何なんでしょう。ソフトテニスの世界大会でも、ダブルスが減りミックスダブルスが増える。シングルが増える。次第にダブルスが減っていくのはいったい何なんでしょう。ソフトテニスの醍醐味や魅力はコンビネーションです。ボール扱いも硬式ボールに比較すればしやすいと思います。それだけに小細工も効きます。球足は遅いがバウンドは短いという特徴もあるのです。シングルスだと球のバウンドの少なさから非常に厳しいものがあります。シングルスではボレーでのポイントは少なくラリーが多くなります。疲れるまで延々とラリーをやって疲れかけたころから一挙に激しい試合に変わります。でもそれが面白い?と聞かれると面白くはありません。勝つための戦術はそうならざるを得ないというのが現実なのです。

シニア選手権からミックスダブルスを切り離して独立したミックスダブルス選手権を行うように話が進んでいるようですが、僕はあまり乗り気はしないですね。

さて、男女ダブルスは土日の2日間で行われました。
今年から10日前にドローが発表になり掲示されます。だからと言って来ないペアはありませんでした。強い相手と当たればそれを楽しむ余裕があるのでしょうか。福知山という交通が不便な土地であるにも関わらず65クラスは108ペア。4面を使いますが、初日は3回戦までやるのがやっとです。シニアは殆どがファイナルになり1試合は30分を見なくてはなりません。9月とはいえ暑い季節です。三段池公園もそれほど日陰が多いわけではなく、我々は木陰を陣取りましたが、観覧席を陣取った人は熱中症が危ぶまれました。また次の日は32本が残っています。コート決勝まで3試合をこなしさらに決勝までは2試合、計5試合を行います。これは地方の大会のゲーム数に等しいです。全日本ではせめて一日4試合以内にしてほしいと思いますね。また終了時間が4時くらいになるクラスもありました。遠方より来ている人のことを考えれば14時には終了してもらいたいものです。今までは大体そうだったと記憶しています。
今回、あまりにも60男子クラスが遅く決勝をやってるころは役員と一部の友人の観戦だけだったようです。ちょっと寂しい全日本大会だったと思います。

65歳に小早川さんがなり、やっと相応のクラスに出場できるようになりました。西日本シニアは4掛けで篠邊・松村にあたり悔しい負を喫し、全日本は何とか食い込みたいと思っていました。夏の練習も多く参加して暑さに負けないようにと。試合勘はできるだけつけるように、後衛さんは何人かでとにかく出続けて試合での課題を見つけることを目標としました。今年はペア練習を2か月ほど行いました。自分の持ってる課題をクリアーするために繰り返しその練習をします。おかげで課題となったスマッシュや全体的な腰高を抑えることができました。バックハンドのタイミングと体の開き具合の改善もできストロークは結構安定してきたと感じています。小早川さんもファーストサーブの強化とカットサーブの確率を上げること、ストロークの課題を黙々とクリアーすべく練習しました。バックハンドを攻められても凌ぐ、チャンスボールを決めるべくトップ打ちの精度を上げる。切れのいいボールを打つ・・などなど。試合前の2週間は体力を温存して週2回2時間くらいのペースに切り替えました。大会に入るまでは今回の調整が今までで一番うまくいったと感じていました。

9/14 1試合目、埼玉の松波岩上ペアです。当クラブの高橋さんが東京に居た時岩上さんは同じクラブとのこと。他の人からも前衛さんは非常に良く動き勝負に来ると言われていました。まあ、コバちゃんの感性に任せようと変な予備知識は入れませんでした。コバちゃんも久しぶりの試合で少し緊張しているようです。最初はミスが多かったのですが流石に対応は早く後半はまあ良くなってきました。④-1。
 2試合目は水野・渡邊ペアです。西日本シニアの2試合目でやはり当たってます。試合前に岩月さんから、勝つために猛烈練習してたよ!と言われ、こちらも気を引き締めて行こうと話して試合に入りました。2試合目はコバちゃんはしっかりと打ってあげて回してツイストしてと大体のいいパターンで相手にテニスをさせませんでした。④-0。我々は試合が早めだったので比較的早く1日目を終えました。あまり早くホテルに帰っても暇を持て余すので、少し試合を見て帰りました。色んな有力選手がバタバタと負けていきます。第1シードの谷本・大川ペア。新美・小森、森島・須藤、福谷・高田、大関・山﨑、中村・大森、永井・阿部、土本・佐田野、小沢・宗像ペアなどです。ソフトテニスは絶対ということはないのだと思います。試合時間が短く、流れがどちらかに行ってしまうと返すのは大変です。一気に片が付いてしまう競技なのです。それだけに相手に調子をもっていかれない事、自分でもってくる方法を考えておくことが必要となります。

9/15 1試合目は八代醍・岩切ペアです。彼らの今年の調子、進撃は素晴らしいです。殆どのローカル大会で優勝、近畿選手権優勝、西日本シニア選手権は篠邊ペアとファイナルの末敗れて2位でした。これだけの実績は素晴らしかったのですが、昨日試合を見たところそれほど今回は調子よくないんじゃあないの・という感じです。特に八代醍さんのストロークが安定していないと感じました。苦しいところを岩切さんが取り返していく・という展開が多かったですね。
 このペアとはしかしながら長い間対戦したことがありません。理由は小早川さんがあまりローカルの試合に出ていかない事、大体反対側の山にいて対戦機会が少ない・というところでしょうか。
 小早川さんと、1球目を彼はどこに打つだろう・と予測しました。結論は素直に後衛側に打ってくるんだろう、と大方一致したのですが、僕はそうだろうか?と後で考えたのです。よく試合を見てくれてます。組んだこともあります。僕の性格も皆大体わかってます。ひょっとしたら、1球目をポーチに行くと思ってサイドパッシングかも・・と。我々のサーブから入りました。1球目はフォールト。セカンドなので出ようとは思いましたが、いやセカンドならやっぱりサイドの公算が大きいな!と思い、少しサイドの可能性を残して守りました。すると脇が少し開いたので・これはサイド!と直感しボレーを止めました。少しミートしなかったので岩切さんにフォローされ、長いラリーの後決められました。3本連続で取られ、これは拙いなア、と思いました。しかし次の前衛レシーブからの返球を後衛に返し、クロスラリーになったのですが、その簡単なボールをミス。それで、これは力が入ってるんじゃあないか・・と直感しました。今までの0-3は全て僕らのミスです。彼らにポイントされたものではない・それなら!と急に落ち着いたのです。次のボールはクロスのショートシュートにノータッチ。2-3からはレシーブが返ったボールを八代醍さんのセンター側に打ったところ、僕のサイドを狙いすぎてサイドアウト。3本連続ミスでした。そこからボレーとセンターへのコバちゃんの押し込んだボールで返球できず。5-3で取れたのは大きな大きなゲームでした。その後は落ち着いてゲームを進めることができて3-0。4ゲーム目は2-2までいきましたが、最後は僕のボレーとショートレシーブに対応できずサイドアウト。運よく④-0で勝利しました。第一関門をクリアーしてホッとしました。ここで帰るかもしれないと覚悟して入っただけに嬉しい勝利でした。
 2試合目は8本掛け。鵜尾・中川さんが勝ち上がってくると思っていたら、東京・沖縄の武田・外間さんが破って上がり対戦となりました。鵜尾さんの試合を見て、武田さんはバック強いがフォアも結構打ち切ってくると判断しました。足も結構速いので、どちらで勝負しようかと相談しましたが、まずは普通にやってみようと。ラリーを落ち着いてやれば3~4本目にはアウトしてくれます。じれて必ず前衛に持ってきますが、そんなに威力はないのでよく見れば取れます。そんな感じで攻めて④-0でした。
 3試合目準々決勝が2つ目の大きな山と考えていた長澤・篠山ペアです。数回対戦していますが、幸運にも勝たせていただいています。しかし対戦するたびに色々な引出しを見せていただいています。今回も長澤ペアは十分狙ってきていると思います。ベンチもすぐ横でしたが、ジッと空を見つめて何かを考えていることが多かったですね。試合は緊張感満載の中で始まりました。相手ペアは本当に気合十分、ビシビシ打ってきます。一本も取らせないぞ、くらいの気迫です。1ゲーム目サービスゲームでしたが、長澤さんにも篠山さんにもセンター、サイドと打ち分けられ落とします。2ゲーム目のレシーブもバタバタしたりレシーブミスあったりで落とし0-2。3ゲーム目、一本目から取りに行こうとポーチしたがボールが低くネット。2本目サイドアウトし0-2。万事休すです。僕のサーブを2本落として1-3になれば非常に厳しいことになります。この2本が勝敗を分けるといってもいいでしょう。サーブ時に呼吸を整えファーストが入りました。ラリーが続きストレート展開。センターに来たボールをボレー、返らず1-2。次もバックにファースト入る、ストレートに小早川ロブしバックで思い切り引っ張ったがサイドアウト2-2。次のボールを長澤さんネット。最後はサイド守ってるところへ緩い中ロブをボレー。これでGC1-2。ここからは長澤さんのストロークがおかしくなり打てばネット、アウト。上げればバックアウトか短くなりスマッシュ。あまり後半は山もなく④-2。
 4試合目は準決勝で第6シードの岩田・吉田ペアです。岩田さんの得意ボールは短い球と速い中ロブ。それもストレートです。これは天下一品、誰も真似できないくらいの技術です。この速いショートクロスに吉田さんがポーチ、スマッシュで決めてくるのです。それを分かったうえですがゲームに入りました。最初のゲームはロブから入りました。岩田さんのいい中ロブもありましたがコバちゃんが凌ぎ4-0でゲームを取ります。2ゲーム目は岩田さんが打ってきてコバちゃんが凌ぎ、コントロールできるボールを速い中ロブでノータッチを取られました。ショートシュートなどを混ぜられ2-4で取られGC1-1です。ここで少し早いボールを打ってもらうようにしました。コントロールショットは岩田さん得意です。少しだけコントロールできないボールを打てば必ず甘いボールとなるはずです。そういいながら2本をつないで決められ0-2。ここからボレー1本。ストレートラリーから岩田さんサイドアウト。次をボレー、ストロークミスでゲームを取る5-3。ここからは終始押し気味で④-1で勝ち。
 5試合目決勝は1,4シードの勝者で準決勝の沼田・白石対三木・山田の対戦。最初の2ゲームは沼田白石が取りこのままスッと行くかと思えたが3,4ゲームは三木山田ペア。白石さんはポイントも多いがミスがそれより多く5,6ゲームはミスの多かった沼田ペアの2負け。
 従って三木・山田ペアとの決勝となりました。東西対抗で一度やってるので山田さんは大体わかるが三木さんは全く知らないので向かって行ける分有利かなと思います。試合は三木さんのダブルフォールトスタート、そして僕のレシーブミスと何やら波乱を感じさせましたが、その後はビシビシ打つ三木さんのボールをコバちゃんはセンターに機械のように返し続けます。そのうち焦れて僕のところにもって来たりミスになったりでした。最後はレシーブネットインでゲーム1-0。次のゲームはゲームポイントを取っていたのにデュースに追いつかれ、何度もポイントを取ってるのに取りきれず落として1-1。3ゲーム目も最初2本を落とし0-2スタート。この辺が苦しかった。次の僕のサーブ2本を取り追いつく。ここも縺れるが最後は取りきって2-1。次のゲームも同じようにデュース迄行くが、最後を取りきる。3-1で迎えたレシーブゲーム。3-0までリードしたが、レシーブミスとストレートポーチミスで3-2となる。ここを落とせば何となく6年前の決勝の二の舞になるんじゃあないかとコバちゃんも僕も一瞬脳裏をかすめる。後衛が腰高で短いボールの処理がうまくないのでショートボールと決めていた。少し長かったが後衛は詰めてバックで強打した。それこそ思うつぼ。パチンと白帯にあたり4-2ゲームセットGC④-2でした。

 目標だった2回目の全日本勝利。何年か前に大阪OB会の東さんに「一度はマグレでも二度は決してないので本当の強い者は二回獲らないといけない」と言われました。二回獲った今・・いや、でもまだまだ何も変わってないな!・・と思います。結局、その時その時の積み重ねでしかないのですが、人間は満足することはない!ということなのです。一瞬はああよかった!!と思うのですが・・
 しかし、マッチポイントをミスしたり明らかにペアのボールを無理して触りに行ったり、先行されてはいけないところを分かっているのに硬くなったり相手のミス待ちをしたりと、まだまだ未熟な点が多い試合内容でした。今回はポイントを先行された時追いついていく力、諦めないという力、無理をしないで相手に預けること・ということを学んだ大会でした。分かっていても実際はできない事が多いです。あと一本で勝てる、負けるという気持ちの時はどうしてもミスが出てしまいます。力が入って無理に攻めたり、前衛なら無理して取りに行って抜かれたりします。テニスは一人でやってるのではないということですね。4人のうちその瞬間はたった一人でボールを支配します。他の3人は焦る必要はないのです。そういった感覚が今回あったので一本余裕が我々にはあったのかもしれません。
 未熟な部分を克服してテニスをもう少し理解したいという気持ちは全く変わりません。来年もチャレンジを続けます。

 今回テニスにも大学の学問でも同じことが言えるなあとつくづく思うものです。高校までに習っていたことは今までの知識の積み重ねで大体認知されていることを理解することなのです。しかしそれが正しいのか?ということから大学の学問は始まります。疑ってみることが大切です。そうして、今までの常識にプラスされることを発見するか、今まで信じられてきたものが正しくない!と思えるようになるのです。いや全てが正しいわけではない。知られているのはごく一部なのだ・というのが正解です。ですから学べば学ぶほど知っていることは本当に少しなのだ・・人間は大したものではない!ということを悟るのです。
 ソフトテニスでも同じことが言えます。連綿と言われてきたことが、やられてきたことが正しいかどうかを考えたことがある人は少ないでしょう。でも運動学に基づいて、骨相学に基づいて、筋肉の動きに基づいて、心理学に基づいて、運動力学に基づいて、流体力学に基づいて・・・・考えた人はどれだけいるでしょうか?客観的に見ること、視点や観点を変えてみること、それが大切なことであると思うのです。テニスはたかがテニスです。でも極めようと思えば色んなことがそこから見えてきますし、常に研究しなければなりません。されどテニスなのです。とてもいいスポーツに出会いました。プロの無いスポーツだけにアマチュアイズムで究極を求めていきたいと思います。

2019.9.8
昨日の姫路オープン後に大体のメンバーは鳥取の久松杯に旅立っていきました。私は毎年吹田クラブさんとこの大会に参加をし続けていました。いやもっと以前から一般のころから出ています。でも小早川さんのクラブ主催の大会と重なり、また彼と全日本前の最後の調整にこの試合を選んでるので、しばらく久松杯には参加できていません。不義理をして申し訳ないなと思いますが、仕方ないですね現状では。
 この中和地区交流大会は橿原周辺の交流大会であまりオープン化はされていません。橿原クラブの推薦枠のようなものです。我々は65歳の部は比較的少ないので55歳の部にエントリーしたようです。全日本前の練習会も兼ねているので、大阪から小西・坂本(愛知)ペア、辻(和歌山)・堀内ぺあも出ています。これに55~65歳の奈良の生きのいい選手を入れてますのでいい練習にはなるかと思います。我々のゾーンは他に浅井・多比良、飯田・壬生ぺあです。浅井ペアは多比良さんが後衛主体です。今日は目が真剣でロブやシュートを織り交ぜて割とミスなく打ってきます。小早川さんは初戦、ボールが不安定でした。しかし何とか立て直して後半は問題ない程度まで回復しましたが、最初のミスをかなり悔やんでました。④-1。2試合目は飯田・壬生ペアです。飯田さんは初めて見ましたが、いいサーブとシュート、速いロブを持っています。今回それらのミスがとても多かったのですけど、全部入ってきたら厄介な相手です。ただ前衛の壬生さんが、あまりにもツイストを使いすぎたり、厳しいところを狙いすぎてミスを重ねて後半は試合にならなかったですね。④-0。最後は小西・坂本ペアです。今日の小西さんは絶不調。というか体調があまり良くなかったのでは・と思います。ボールの切れがなく、サードのパッシングやクロスも全然飛んでません。こちらもそんな状態の相手にミスが出て2-2までいきました。ここで少し落ち着いて、変に決めに行かないで返していくことに専念していきます。一本目サイドパッシングが決まったのもいいです。ここからは自分たちのペースに戻り④-2で勝ちでした。しかしこの試合も小早川さんは自分のプレーに不満が充満していたようです。

 反対のブロックでは4ペア力が拮抗しているようでした。佐々木富井、増井堀内、薮内野、辻堀内です。全勝はいなくて対戦で辻堀内ペアが薮内野ペアに勝ち1位上がりでした。我々と決勝となりました。
 よく山中渓の大阪OB会にお邪魔します。辻さんとはよく試合をさせてもらいますが、なかなか勝ち切れません。今日はどうかと思って試合に臨みました。流石小早川さんで、なかなか辻さんに落ち着いてラリーをさせません。サービスキープで試合が進みます。2-2から次のゲームがレシーブです。ここでサイドパッシングを止め、そこから試合の流れが来ました。後は僕が下がっている時に小早川さんんも前衛プレーに入ります。僕もラリーのほうが楽ですからずっと打っていきます。腰さえ浮かせなければラリーは大丈夫です。3-2からレシーブゲーム。3-2のポイントで僕のラリーとなり、最後は前衛オーバーでノータッチとなりました。④-2でした。

 ローカルの試合ですが、悪くなっても次のゲームに持ち越さないプレーとなったことが今日の収穫です

2019.9.7
姫路城オープン大会が開催されました。徳島の佐藤さんとペアでいきました。彼は丸亀の試合で足を痛めちょっと走れるかどうかが分からない状況でした。会場で話すと大丈夫だけど完治はしていないと言います。全日本に向けてそれほど無茶しなくていいよと言ったのですけど、彼は全日本に出ないそうなので大丈夫とのことでした。でも右方向に走って踏ん張ることができないので、そこはやめておこうということで試合に入りました。そうそう、今日は60歳のクラスです。本当は65歳の部で全日本前の練習を全日本前の練習をしたかったのですけどそうもいきません。ドローは全てのブロックが非常に厳しいものとなっています。リーグ内に必ず強い相手が2つは入っています。これから一位抜けですからそれは大変です。我々のブロックは川上・越山、指宿・鈴木の2ペアです。川上さんも指宿さんも超スピードボールです。これに対応できるかがカギとなります。
 1試合目川上ペア。どうも昔のイメージとは違っています。速いボールは使わずロブ主体、時折チャンスボールを打っていくという感じです。聞いてみると肩と膝を故障したとのことで・・どこかで聞いた話だなと・・思います。彼らもその肉体の制御ができないくらいのテニスをしてきたのでしょうね。越山さんも積極的なプレーは非常にうまく処理します。でもサーブからのストロークやレシーブに少し雑なところが見られました。ポイントをリードした場面でミスを重ねたりしてくれたので逆転のゲームが多かったです。④-1でした。
 2試合目は指宿・鈴木ペア。2年前の55全日本チャンピオンです。指宿さんの剛球と鈴木さんの広い守備範囲のポーチやスマッシュが頭に残っています。指宿さんとは初めて試合をしますのでどれくらい速いのか楽しみでもあり、怖くもありますが、そこから弱点を見つけて勝つことを考えてみようと試合に入りました。しっかり構えて打つのでフォームは固定されている印象です。バックは少し弱いかな、コントロールも甘そうです。サーブは剛球のイメージでしたが、意外とコントロールショットが多く速い印象ではありません。定位置で打つボールは構えられるとちょっと届かないくらい速いです。これは出るのはストレートかな・と。後は移動ストローク。佐藤さんは色んなロブやショートボールを使っていきます。そのボールの対応は参考になりました。横への移動は速くないので方向は決まります。前後はあまり素早くありません。どちらかというと処理は得意ではなさそうでした。そんな感じで、ロブやショートを適所に使ってGC3-2。ここで締めようと思ったのですが、やはり置きに行ってゲームをとられます。ファイナル。しかしここから僕の逆ストレートポーチは決まり、相手はポーチミス。佐藤さんの意表を突くボレーなどが決まり7-4で勝つことができました。相手に思ったように打たせないことが勝利の要因です。それはどんな相手でも共通して言えること。いかにどこが弱いのかを早く見極め、自分の得意と相手の不得意で勝負をする・これができれば怖いものはありません。

6ペアがトーナメントに上がりました。我々はもう一試合勝たなければベスト4に入れません。相手は芝田・山本ペアです。ここのリーグも厳しく柿原・東ペアがいました。柴田さんの柔らかいテニスと山本さんの思い切りでファイナルを制して勝ち上がってきました。柴田さんには昨年の西日本で④-0で負けた記憶があります。昨年のことを思い出したくはないですが、柴田さんのテニスは思い出さなければなりません。しかし今日のテニスは明らかに昨年とは違います。速い中ロブや角度のあるボールは少し切れが悪いようです。でもこちらの当たりが少し悪くて先にゲームを落とします。1-3.ここから僕のストロークがいい時佐藤さんは迷わずボレー、スマッシュをしに行きます。そんなプレーで意表を突き3-3。流れが来たかな・と思いました。ファイナル3-0までいったのですが、次のポイントにできるボールを山本さんに逆ポイントされ追いつかれます。逆にリードされ追いついていく展開ですが息切れして4-7負けでした。試合の流れを作り逆転までいった事は評価できますが押し切れなかったことは悔やまれます。

 今日の収穫は、ゲームの展開を作り出せたことと途中からペースを変えることができたことです。課題はリードした局面を押し切ることです。

2019.9.4
今日、全日本シニアの組み合わせが発表になりました。それを見て皆さん色々な感想を持っていると思います。試合会場で当日しか味わえなかった緊張感を既に手に入れることができました。対戦相手も絞られてまずは第1日目の戦い方を既に考えている人もいることでしょう。私は緊張感でまずは心を落ち着かせ明日からしっかりと向き合おうと思います。
2019.9.2
9月という言葉を聞くと急に秋になったような気がします。実際はそんなにもはっきりと季節が線を引くことなどできないのですけど。言葉の持つ響きは大きなものがあります。昨日9/1は福知山で全関西大会がありました。久々に新開さんとペアを組みました。相変わらず豪快に打ちます。しかし年齢的な衰えも感じるしボールは遅くなってますね。でも後衛はそこが許せないこともあるのでしょう。自分のイメージにできるだけ近づけようとしますが、そんなに体は言うことを聞いてくれるもんでもありません。苦しみながら戦ったという印象です。
シニア65以上の部は8ペア、リーグは4組の2ブロックです。少ないから勝てるかといったらそれは甘いですね。今までは上位でしか当たらなかった人とブロックの中で平気で当たります。しかも数多く。今回も我々の4チームは、谷本・大川、木下・生駒、福田・小柳、新開・髙原です。これで一位抜けで決勝です。3位決定戦はありますが、やはり負けるのは嫌です。モチベーションが下がります。ここで福田ペアが棄権と連絡が入りました。そうなると益々厳しい。初戦から木下・生駒ペア。もつれるだろうなア・と思いながらコートに入りました。案の定すべてのゲームがデュースとなります。簡単なミスをしたほうが負けといった感じです。でも新開さんは昔からそうですがスロースターターですし最初の2ゲームくらいは落とすのは覚悟で行かなくてはいけないくらい乱調です。今回もそんな感じで、特にチャンスボールは1/2くらいミスショットになりました。ここを大事にすると上位で厳しいし、かといってここでミスだらけで負けるのはもっとダメです。ひたすら後衛の調子が上がってくるのを待ちます。前半3ゲーム目くらいまではどうなるか分からない展開でしたが、3ゲーム目0-3から挽回してGC2-1となったのが大きいです。その後もずっとデュースでポイントは行ったり来たりです。でも最後のポイントを締めることができて今回は勝てました。でもどちらに転ぶかは全く分からない展開でした。④-1。
 我々は3組の真ん中に入ってたので2試合おいてすぐ次の試合です。谷本・大川ペアです。谷本さんの正確な中ロブ、大川さんの思い切りのいいプレーが噛み合うとそれは厳しい戦いとなります。まだまだペアリングがかっちりできていないなという印象です。攻めどことか守りどころとかがまだ食い違ってますね。途中でリードできるところが並行カウントになったりで、谷本さんがあせったりより厳しいところに中ロブを打とうとしたりで結構ミスが出ました。新開さんも相変わらず不安定でしたが、それ以上に2人のコンビネーションの悪さがこちらに有利に働いた感じです。④-1。
 こちらのリーグが早く終わったのですが反対側はフルメンバーなので時間がかなりかかりました。お昼前に我々の試合は終わりましたが、全部の試合が終わり、そのあと3位決定戦があります。その後決勝ですので結局3時間ほど待ったことになります。反対側からは中村・中辻ペアが上がってきましたが、厳しいカウントを凌いでやってきています。この3時間の休憩は調整が非常にまずいままに試合に入ったな・という感じが試合途中でしましたが、後の祭りでした。ボールは不安定なまま、体がやや動かないまま少しずつボールが遠くを飛んでいきます。フォローなんかもなんかボール1個ほど合わない感じです。デュースにはいくのですが取りきれません。ポイントをとってもデュース迄挽回され押し切られました。1ゲーム取れば変わっていた試合だったと思うのですが完全に失敗でした。0-④で負けでした。どう長い時間を心身ともに活性化した状態を保っていくのかが課題です。
 賞品はお米とラケットバッグでした。

2019.8.29
8月も早や終わりに近づきます。最近は高校の夏休みも少なく8/20頃から2学期が始まります。冷暖房を各教室に取り付けて環境が整ったこと、全国平均で学力が低い大阪を何とか上位に押し上げようとの府教委の目論見、それだけではない要素もいっぱいあるだろうと思うけど。
 学校は最近とても生徒ファーストとは言えないようになってきている。少なくとも僕にはそう見える。クラブ活動をしてはいけない日を作ったり、完全下校時間を作ったり、勉強以外はあまりしてはいけないというのか。勉強をして‥と言うか教科書に書いてあることを覚えて・・だけでは学問というものではないのだ・ということがわかっていない。学問とは学んで問うということだ。でも勉強とはやりたくない事でも無理やり努力してやるということだから、勉強というのは当たっているのかもしれない。
 高校までの学びは実はそれまで(今まで)分かっていることを理解して覚え、知識を増やすことを目的としている。学んで問うということは望んでも無理なのだ。だから学問のしたい人は大学へ行かねばならない。でも高校でさえも理解はほとんどできていないのが現実。だって試験をすれば平均点は40~60点でしょう。本に書いてあることの50%程度しか分からないで次の知識を得ようとするのですよ。習っても習っても50%。しかもテスト範囲が決まっていてそれだから、抜き打ちテストをやれば20~30点になるでしょうね。
 中学校でも、高校でも切り捨てられた50~80%はいったいどうなるの・・・世の中にいる人は大体物事をはっきりとはわかっていないで暮らしてるんです。大学でもそう・ちゃんとした知識をもって、さらにそれ以上の学びをやっとできる環境に来たというのに、悲しくもそういうことをしないで過ごす人が大半です。大学で自分で学ぶ力を得て、未知なるものに問うことができた人は本当に幸せです。そして初めて大学に行った意味があるのです。
 今は大学も高校化しているのが実情です。大学院に行かなければ学問ができない・・そんな世の中に成り下がっています。
2019.8.24
丸亀にて近県大会が開催されました。この試合の特徴は区切りが63~67歳と中途半端なところです。確かに今は後半に入り厳しいところです。却って新鮮な若い力と対戦することに面白さもあるのですが。
今回も客坂さん。今まで何回も組んでもらってるのですけど、一度も勝ててません。勝てそうなんですが、なんか負けてしまいます。集中力も今一つないのは何だろうかといつも反省しているのですけど。
 リーグを見てもいずれも厳しい。このクラスはどのリーグを抜けるのも苦労しそうです。我々のところには加村・沢田、小松・津吉の2ペア。加村さんはコバちゃんと組んでもかつてちょっと苦しみました。今回、客さんはロブを多用しました。フォアに比べてバックのコントロールと威力はかなり落ちます。今日はこれで行こうということで押し切りました。2試合目は小松・津吉ペア。小松さんは少し年配です。威力はありませんが粘りで根負けすると負けです。津吉さんは僕とやる時は負けないぞという気持ちできます。我々はいい友人でライバルでもあるのです。最初の試合を0-④で彼らは負けているので、必死できます。上がれる見込みはないですが、せめて勝とうという気概です。ここも客さんの絶妙なロブが冴え、1-2球はいいプレーをされますが、続きません。苦しむ感じではなくリーグを上がりました。
 リーグを上がると牧田・青山ペアです。牧田さんは見たこともないです。鳥取の人らしいです。青山さんは、珍しいことですが私の中学の後輩です。妹と同級生ですから3つ下ですね。このクラスに上がりたてです。牧田さんは鵜尾・中川ペアに④-0で勝ちました。取りにくいボール、長短を織り交ぜてきます。恰好は決して良くないですが、ミスをほとんどしない人です。どんなかわからないけど、まあいろいろ動いてみようかと思いましたが、いやらしい角度と長さのボールを打ち、単モーションで出るとことごとく抜かれます。結構よく見てる人だと思い復モーションにしようと思ったのですがちょっと遅かったですね。④-1で負けてしまいました。

 せっかくなので観戦して帰りました。彼らの次の相手は徳島、岡山の佐藤・片山ペアです。いい感じのペアリングでトーナメント一回戦は中村・中辻にファイナル勝ち。中村選手はいつものように後半ミスが出ます。より厳しいボールを打ちに行き自滅です。相手もいることです。ミスをしなくて攻められないところに打つ。これに尽きるでしょうね。その佐藤ペアですが、試合が1ゲーム終わったところで棄権。どうやら太ももに痙攣が走ったようです。全日本前です。その判断は正しいと思います。
 反対の山は第1シードの新開・阿部ペアが大岩・佐田野に④-0で負けてリーグ上がれず。黒田・近藤ペアは大関・山崎ペアを下しましたが、この大岩ペアに2-④で負けです。大岩さんはこの試合はサーブも威力があるファーストがビシビシ入り、ストロークも黒田さんのボールに打ち負けず速いボールを打ち返し、そして長短、ロブを織り交ぜて完全にいい形で勝ちました。佐田野さんもやっと昔の感じのレシーブを打てるようになってるようです。

 決勝は期待してみていましたが、大岩さんが普通の調子に戻ったようで少し単調な試合になりました。大岩さんも牧田さんもどちらも相手の力を利用して展開していくタイプのようです。似たタイプでお互いが積極的に打ってこないので自分から何かをしようとするとミスが出ていく感じでした。これでは両前衛共にあまり活躍できません。青山さんのほうが若干ポイントが後半多勝ったと思います。
 テニスはやってみないと分かりません。確かに決勝のこの2ペアが上がってくると予想した人は少なかったでしょう。でもソフトテニスはそこが面白いのです。小さな油断や負の連鎖が起こりやすい競技です。7ゲームはやはり短すぎます。硬式テニスは最低でも11ゲームマッチですから、山も2~3回やってきます。実力が出やすい、いいかえれば波乱がないのです。テニスで上がっていくのはやはり実力差がかなりあるということです。

2019.8.20
暑さと戦わなくてはいけませんが、戦う身体を保持することも大切です。猛暑が続き疲弊した身体を昨日今日と2日間休養させました。血圧がかなり低下していたのですが、体力の回復とともに平常値に戻ってきました。身体は正直なものなのだなと思います。

2019.8.19
お盆には丸々一週間岡山美作で過ごしました。2月に亡くなった母親の初盆をすることはもちろん、家の整備もと思っていました。周囲の清掃、草刈りをしなくてはと考えていたのですが予定通りにはいきません。帰省時は大渋滞。いつもの夏のように時間をずらさなかったので昼間は移動で終わりました。その渋滞が3日連続で起きて車移動の人たちは疲れたと思います。加えて異常なほどの高温で、朝も10時から夕方5時くらいまでは外出は危険なほどでした。太陽にあたると皮膚がジュっと音を立てそうですし、背中かな太陽を受けるとTシャツを通しても痛いくらいの熱線が身体を射抜きます。
 やっとこさ家の周囲の道を草刈りしましたが、5月の除草剤を撒いた後の田んぼは草が腰のあたりまで生えてもはや手の付けられない状態になっています。ひと月前に帰った時除草剤を撒こうとしましたが、雨が多くできませんでした。その時処置できていれば今回は簡単に作業できたと思います。自然が相手だけに簡単ではありません。
 うちに帰り幼いころからのガキ大将に会いました。彼もまた大阪で大工をしています。20年前に実家を建て直していいお家にしましたが、帰ってくるのは盆正月と時々空気を入れ替えに帰っているそうです。70歳になった彼は炎天下で自宅の前の田んぼの草刈りをしていました。こちらに帰るのか・と聞くと、仕事がやめられないから難しいと言います。国民年金では食えないよと・。定年の無い大工仕事を彼はずっとやるのでしょう。この家ももう駄目だな・と呟きます。娘が2人だし、馴染みがないから帰ってくるはずないよ・と吐き捨てるように言います。彼のお家も自宅の裏山に多くの墓石を持った墓地を抱えています。墓じまいしなくては・・それが僕たちこの村で生まれた者の最後の仕事なんでしょう。田んぼや山も売れません、そして先祖の残した土地を手放すことの罪悪感もあります。かといってメンテナンスもできず、自分が死んだ後の負の遺産を子供に残すのも可哀そうです。
 日本人の多くはこういった悩みを抱えています。相続を放棄してしまう人も増えていくかもしれません。ムラの崩壊とともに日本は貧しい心と荒れ果てた荒野になっていくかもしれません。美しい村は徐々に山に変貌していってます。

大阪に帰り、それでも全日本シニア迄一カ月を切りました。体力を付けるため、暑さにやられないようにテニスに出かけていきます。8/17土曜日は橿原クラブでやりました。最初の30分くらいは温存していた体力でもちます。しかし乳酸の蓄積でガクッと足が動かなくなります。暑い空気が肺に入り息苦しさも感じてしまいます。連続してゲームを続けることは皆出来ません。1ゲーム終わるごとに給水し少し休憩します。それでもゲームの終盤には足が動かないと感じてしまうのです。暑さのせいなのか、歳のせいなのかはわかりません。ただ日曜日に行った試合では若者後衛たちは全然息苦しさや足の動きが衰えていると感じることはなかったので、やはり年齢からくる体力低下なのだろうと納得したものです。シニアの皆さん無理はしてはいけません。
 土曜日、練習が終わり帰ろうとすると左腕が痙攣し始めました。これはいけません。すぐさま漢方薬を飲みました。68というものです。僕にはこれが比較的効果があり、飲んで1分以内くらいで痙攣が収まり始めます。いつも欠かせない常備薬です。何回も脱水症をおこしてるので大体の感じはわかるのですけど、わかっていてもやりすぎてしまうとひどい目にあいます。注意深い感覚が求められます。
 家に帰り少し休憩をすると眠ってしまいました。起きると軽い脱水症の症状です。無理をしないで辞めておこうと思い、実は若い大学生が練習に来るというのでちょっと顔を出そうかと思っていたのですけど、とても出れる感じではなかったです。

一日休んだおかげで日曜日は練習することができました。しかし練習相手が若すぎてテニスが乱暴になってしまいます。柔らかくボールを回したり短く落としたりとシニアでは十分通用することが彼らには通用しません。そうだな・と思います。運動能力が全開の彼らと失われて行ってる我々では当然のことなのです。若ければ若いテニスをしなければ勝てないのです。それは十分認識しておかなければなりません。

2019.8.10
今日は奈良県で選手権大会がありました。小早川さんと月一回くらい試合に出てペアリングを確認することにしています。メンバーが少ないということで55歳の部でエントリーしていました。同期たちはワンランク落として60の部にエントリーが多かったです。やはりやってみるとボールが思ったより速いのでこれは60の部でよかったんじゃあないのと思ってもみました。
 猛烈な暑さ、空はこれこそ抜けるような青さ・・白っぽく水色ですけどね。高いボールが見えにくくスマッシュがミスしそうです。日陰と日向では気温差が5度以上あるんではないでしょうか?これこそ中止にしてもいいくらいの天候です。

 そうは言いながらも試合が始まりました。4組のリーグ戦。2ブロックあるので1位抜け同士が決勝戦です。コート1面で進行させます。審判は空いてる2ペアから一人ずつ出る方式です。2ブロックあるので1試合すれば1回休んで次審判。1回休んで試合・・の繰り返しです。夏にはこれくらいのインターバルをとったほうがいいと思います。1試合目は強打の河田・富井ペア。フォアもバックも気持ちいいくらい打ってきます。でも荒っぽいですね。1ゲーム目は僕のレシーブミス2本などもあり取られました。次から気を引き締めて行きバックは引っ張りなので打たせてボレーすることにしました。うまくいってボレー3本ほどすると打たなくなり、繋ぐボールもアウトが出始めました。打ってはネット・アウトの繰り返しです。④-1でした。2試合目は同じクラブの藤井さん。1試合目に最終ゲームを16-18で落とし、疲労困憊していました。ちょっと動かすと返ってこないので振り回して④-1でした。いよいよ3試合目。大森・中井ペアとです。大森さんはやったことが無いのですが名声は聞いてます。今日も不調だといいながらここまで2勝。柔らかい体のこなしとリストを利かせたサーブで崩し、柔らかいストロークで翻弄しています。最初は2ゲームを割と簡単に取ったので、これはいけるかな・と思ったのですが3ゲーム目から大森さんのミスが殆ど無くなりました。ボレーに行くとサードへすかされます。待っていてもギリギリの高さと速さで打ってきます。リストがうまく使えるのでしょう、押し出すのも引っ張るのも自由に変えて打てるようです。よく見てコースを変えるタイプだと思います。基本は見ているので次にやる時はモーションと立ち位置で勝負になります。結局、次のゲームから4ゲーム連続で取られて2-④負けです。5,6ゲームはデュースに追いついたけど突き放せない、アドバンテージはとっても決めきれないでゲームを落としています。ミスということですね。反対に大森、中井さんはミスはあまりありませんでした。やはりミスがないゲームがいいですし、ミスのより少ないほうが勝ちますね。敗因は僕の足が止められてしまったことでしょう。自由に打たせてしまい小早川さんにコントロールできるボールを打たせてあげられなかったことが一番大きいですね。

2019.8.2
あっという間に8月になりました。梅雨が長く、いつ終了するのかと思ってましたが確かに昨年より3週間ほど遅く夏休みに入ってから・・というのも珍しいことでした。しかしここ2~3日の暑さときたら大変な熱です。外の空気がモワッとして何だかこれは体温を越えてるな!と感覚で分かります。熱中症や脱水症、これには気をつけなくてはなりません。何回も入院している僕は大体感じで分かります。おかげで最近は酷暑の中でも何とか生きています。梅雨の時期からの今日までの結果を書いておきます。

7/25
関空から大邱に向けて飛び立ちました。所要時間は1.5時間、費用は片道\11000ほどです。空港使用料が安ければ¥8000くらいです。東京や福岡に行くくらいですね。時間も同じくらいです。時間地図では等距離といえるでしょう。毎年お世話になっている大統領杯(旗)?どちらか本当はよく分かりません。ソン・ヨンチョルさんが大統領杯と言ってたからそれが正しいと思いますが・・
今年はムンギョン(聞慶)です。ソフトテニスの盛んな都市でソフトテニス専用施設があります。屋根付きアンツーカ4面、クレー6面、オムニ(インドア)2面です。管理棟も十分な設備です。ソフトテニスだけのコートです。スゴイですね。いつも感心してしまいます。

大統領旗はジュニアからシニア迄すべての種目の個人戦団体戦を1週間かけて行います。日本の全小、全中、インハイ、インカレ、全日本シニア、実業団リーグを一度にやってるようなものです。いつもシニアが最後なので、1日目にコートに行くと実業団(プロ)のシングルス、ダブルスを見ることができます。今年は金曜日にダブルスが終わり、シングルスを見ることができました。高校生、大学生、実業団のシングルスを見ましたが、とにかくすごいの一言です。スピードカット、ボレー、スマッシュとどれをとっても凄いです。体幹がしっかりしてるというか重心や軸がぶれずフォアバックともに安定しているなという印象です。またライジングというよりショートバウンドストロークがとても上手いのが今年印象に残ったことです。
 もう一つ驚いたのは、ここにきている選手はナショナルチームは一人もいないということでした。韓国で一番の試合をほおっておいてでは何をしているのか・・合宿です!! この秋にある世界選手権のための合宿をやっているために韓国1の試合を全員欠場しているのです。その合宿期間は3カ月です。
 韓国はすべての学校でソフトテニスをやってるわけではありません。ソフトテニスだけに限らずあらゆるスポーツが特定の学校でしかやられてません。中学校でいい成績をとってもその地区にソフトテニスをやってる学校がなければ辞めるか、ソフトテニスのある地域に引っ越すか下宿するかしかありません。友人のソン・ヨンチョルさんは大邱の近くの田舎に住んでいたため13歳から大邱のソフトテニスのある中学校に通うため一人住まいをしたとのことです。
 高校・大学も同じことです。特に韓国は徴兵制があり大学の時に2年近く兵役に行きます。少し一般の人より数カ月免除があるそうですが・・
韓国ではソフトテニスに関わってる人数は多くはありませんが全てがエリートといっても過言ではありません。どのクラスもレベルは高いです。日本と基本的に違うのがバックスイングの小ささとフォロースルーの大きさです。素早く構えてフォロースルーの大きさでパワーを出しボールを離す位置で方向を決めます。これは一般でもシニアでもプロ選手は皆同じです。言い忘れましたが、韓国の選手登録はプロとアマとがあります。大学を出ると実業団にトップ選手は入りますが、実業団が8(10)だったかなあります。ギリギリで取りますので1チーム8人として80名がプロです。あとはアマチュアになります。プロ選手は市役所、農協、など団体がスポンサーです。文字通りプロですのでテニスだけしかしてません。自分が食べるためにテニスをやってるのです。ここに所属している間は給料が出ますが、成績不振、ケガ病気などで欠員ができるとその年の卒業生からプロに声がかかります。ですから一年間でプロになれるのはほんの数人でしたありません。もれればそこで選手生活は終わるのです。仕事をしながらテニスを続けるしかありません。でも毎日テニスをしている人たちに勝つのはまずありえないでしょう。一般でテニスの道が閉ざされれば関わろうと思えば教員や休日にテニスができる環境の職場に行くしかありません。テニスクラブは多く存在しているようですが、日本のクラブのように誰もが、俺が天皇杯をとってやる!と意気込んでやっているのではありません。シニアでもアマとプロは差がありますが、一般程ではありません。シニアにプロ登録の人が何人かいましたが、今回出場した人たちは日本のシニアトップレベルには及ばないと思います。ただソン監督のようにずっと韓国の学生時代に国内大会は負けたことがなく、シニアでも殆どの大会で勝ち続けている人もいます。彼はおそらく全日本シニア55ではトップ4には絶対入るでしょう。

 今年は個人戦がありません。しかしその連絡があったのは7月に入ってしばらくしてからでした。準備がすべて終わっていたのでちょっとがっかりしたのも事実です。でも決まったことには仕方ないと諦めて団体戦で優勝しように目標を変えました。それでいいと思います。個人戦がないために韓国でも棄権が相次ぎ歯抜けのドローになってしまいました。これもチャンスと思えばへっちゃらです。
 我がリーグは3チームとも揃っていて良かったです。できるだけ多くの試合をしたいのは当然です。最初は屋根付きアンツーカコートでした。若干天気が良くなくて暗く、その上バックが格子状になっていて見えにくく最初はボールを見失いました。最初は初めての後衛さんはガチガチで、しばらく安定するのに時間がかかりました。インドアに近い屋根が乗っかったアンツーカコートは天気が悪いと良く見えません。それでも何とか追いついて勝ちました④-2です。2戦目の林・蔀ペアも順調にいくと思っていましたが、今年は林さんの調子がイマイチでしたが④-2で勝利でした。ここを何とか乗り切って2-0で勝ちです。韓国では3チーム目は対戦しません。また、この団体戦の1チーム編成は2ペアです。1-1になった時の3番勝負は1,2戦目の1名ずつが組んで戦います。前もってオーダーは出しておきます。これも合理的な団体戦だと思います。なお3組目はプロ選手は参加できないという規定がこの大会にはあるようです。日本選手はプロ・アマの区別がありませんので自由です。
 2戦目は1対戦のチームよりやや力が落ちました。2-0で勝利です。これでリーグは1位抜けで決勝トーナメントとなります。日本チームは第3シードです。緒戦はアウトコートでクレーでした。左利きの後衛とパワフルな前衛です。前衛はプロ登録だそうです。前の試合を見ていると非常にアグレッシブでボレーなどかなりきれいにポーチしていました。後衛はシュートボールは速くないですが丁寧な印象でした。左利きなのでちょっと慎重に行きます。岩月さんが2戦目で落ち着いてプレーし始めました。前衛を狙うとかなり力技でボレー、スマッシュされました。そこで後衛中心に攻めていき、ボレー、スマッシュでポイントを取ることにしました。またサーブでは僕のサーブに全くタイミングが合わず連続ミスが続いてますので少しスピードを落としてファーストを確実に入れていきました。それが良かったのか苦戦せず④-1で勝利です。林・蔀ペアはやはりここでも調子が上がらずファイナルに。ファイナルも縺れましたが何とか勝利で2-0で勝てました。
 外はかなり暑くなってきました。韓国でもどうやら梅雨明けのようです。ただし非常に蒸し暑く汗が引くことはありません。主催者側は日本に考慮してくれて準決勝はインドアアンツーカです。我々は目が良くないのとバックが見ずらいので外のクレーやって欲しかったのですが、配慮してくれたのだと好意的に解釈しました。このチームは優勝候補の一つでした。ソン監督によると準決勝大戦のチームと恐らく決勝で対戦する日本も含め3チームが優勝候補だとのことでした。リーグ内にその2チームがいてどちらともやるでしょうとの予測でした。1番手はよく打ちます。でもまあ普通の後衛かなという印象です。岩月さんの出来からすれば問題ないでしょう。この試合は④-0で勝ちました。林ペアはやはり大乱調です。ここもファイナルになってしまいます。途中で打てない!と言いながら打ってます。あとで聞いてみるとイップス気味だったそうで、それは縺れるはずです。最後は蔀さんのサービス2本で決まりました。2-0です。途中で空が真っ暗になり急にバケツをひっくり返したような雨が降りました。本部の判断は正しかったのでしょう、インドアに替えてくれたことですけど、我々には良かったです。

 ここまで順調とまではいかないけど、2-0で来ました。何とか完全勝利を目指していきたいと決勝には欲も出てきます。 
決勝はオムニコートでやるとアナウンスが入りました。我々にはいつも慣れてるコートです。有利に思えますが気にせず受けることにしました。思った通り、ソン監督の言ってた相手が決勝に上がってきました。このチームは昨年から団体戦では負けがないと言っていました。それだけ自信を持っているようです。特徴といえば、後衛はあまりスピードボールはないですけどボールコントロールが良くて長短を使い分けます。前衛は硬式上がりの人が多くネットプレーは派手ではないがフォロー、ポイント力もあります。プロ登録もいるようです。
 1戦目はしっかり打つ後衛でかなり日本選手に近いタイプで、前衛は硬式出身で背が高くスマッシュやフォローがうまいですね。最初からかなり長いラリーから僕のスマッシュをフォローされちょっと慌てました。流れが良くなくて0-1スタートです。2ゲーム目もちょっと流れが悪そうな入りでしたが、ボレーフォローからスマッシュポイント取って流れが来ました。その後は流れが変わることなく、大体思い通りに試合が進み④-1で勝ちです。2試合目林さんのイップスは治らず厳しい試合となります。相手は強打でミスがありません。フォアは何とかロブで繋ぎますが3球目には甘くなります。蔀さんも全球出るわけにもいかずどうしても守りになってしまいます。ゲームは競るのですが最後は押し切られ1-④負けです。今大会、日本チーム初の3試合目決戦になります。大邱のコートで3戦目を意識して岩月・蔀で1試合練習をしておきました。その結果は全然心配しなくていいと思うものでした。相手は1戦目の後衛と2戦目の前衛です。あの後衛なら打ち負けることはないし、蔀さんの前衛技術なら全く問題ないと思います。試合が始まりました。2ゲーム目をとられましたがそれ以後は落ち着いて処理し④-1で勝利。2-1で勝ち優勝でした。

韓国と日本の国家間の問題が今とても険悪な状態です。問題は色々あります。どちらかの言い分を聞けばそれも正しく、他方はまた正しい。見方や捉え方で随分違うものだからです。国家のトップは決して国際関係で弱い立場に立ってはなりません。謝ればいくらでも攻められることを皆知ってます。自分の論理を正当化することが政治家には求められますし、そのように振舞います。国家の利益のために政治家は存在しているのです。過去のことを云えばきりがありません。朝鮮併合まで、いや豊臣秀吉まで、いや倭寇の、いや任那・・えそんなものは存在しない・・それらは全て日本と韓国(朝鮮)の関わった事柄です。それらが皆清算されることはないでしょうし、今起こっている問題もきっと迷宮入りでしょう。ただ国家トップの発言や政府間の関係は庶民のもとにもじわじわとやってきます。今回の旅行で、関空では日本人が少なく、大邱空港で、また大邱の街中では全く日本人を見ない3日間でした。コンビニではかろうじて日本のラーメンやビール、お菓子などは置いてありました。でも不買運動は進んでいるようです。嫌がらせや身の危険は何も感じませんでした。逆にソフトテニス会場や食事に行ったレストランなどの店員さんや隣に座った客などは親切でした。そういった事からは日本人に対して特別な悪意を持ってるとは思いません。彼らは私たちが今来日する韓国人に対して行うような接し方で極めて友好的です。人の行き来がないということは国家間の対立から不安を増す要素になりうるといえるでしょう。
 テレビもそういえば日本語関係は放送中止でしたね。政府主導のものは明らかに妨害されているのです。政府と民間の間には日本でも韓国でもどうやら大きな隔たりがあるようです。
総じて民意は平和と繁栄でしょう。それを忘れてはいけません。

7/29から高校の合宿が始まりました。29は帰国日なので30日の朝から参加しました。帰国後次の日150㎞早朝いくのは少し厳しかったですが、頑張って行ってみました。今年は少人数です。女子も素質のあるような子たちが入部してきましたが、休みが少ないのとアルバイトができないなどの理由でいとも簡単にやめてしまいました。残った一年生は後衛2名です。ですので、3年1名後衛、2年1名前衛、1年女子後衛2名。男子も今の3年生が1名いたのですが退部。2年生が後衛1名、前衛2名、1年生が後衛1名、前衛2名。計10名。先生2名、コーチ1名のこじんまりとした合宿です。

 少しモチベーションが低下気味でしたが、女子のエースペアが総体予選でブロック2位となりやれやれでした。この子たちを中心に盛り立てて皆で勝たせてやる目標を持たせることにしました。基本技術を指導しなければならない初心者もいますが、少し高い目標を考えさせて消化させるようにしました。技術だけでなく戦い方やどうやってポイントを取るかなどを教えていくことにしてまあまあ充実した合宿だったように思います。
 兵庫県の佐用リゾートで標高が400mくらいあります。下界と2~3℃違いますのでテニスは1日やっても子供たちも僕たち大人も十分大丈夫でした。大阪だとそうはいきません。熱中症で倒れるかストップがかかることでしょう。緑に囲まれた環境も気持ちも落ち着き、切れ気味の子供たちも意外とおとなしかったのはそのせいかもしれません。
 2日半の合宿でしたが、彼らには何かが残ったような気がしています。あとは結果が出ればいうことないですが・・

2019.7.22
梅雨ですが鬱陶しい日は続きますが大阪ではあまり大降りはありません。ただ日本全体では集中豪雨で大きな被害が局地的に発生する状況がここ数年ずっと続いています。平均気温が上がり、海流の道筋も変化してきています。地球全体の温度変化が広範囲にもたらされているようです。砂漠化も要因の一つでしょう。これらはすべて人間の生み出したものです。星の運命は動物によって結構変えられるものなのかもしれません。今日までの結果を書いておきます。

7.7 
大阪府総体の中河内予選会が東大阪の三ノ瀬公園で行われました。東大阪、八尾、柏原の3市でリーグを行い2市が本選出場となります。結果は前日の厳しい予想通り男女とも本選通過はなりませんでした。男子は圧倒的に選手が不足しています。特に一般男子の若返りが必要です。当協会で選手を育成したりいい人材の転居を待ったりしましたがなかなかそういう訳にもいきません。八尾市の中にある実業団選手や在住選手を召喚するのもこれからのあり方でしょう。再考の時期に来ていると考えます。女子は当初から依頼しておけば人材もいますしきっちりと聞いてくれる人たちです。曖昧な約束などが女性には受け入れられないところがあります。その辺りを改善すれば勝てると思います。昨年は選手が揃い1位通過でした。課題はありますが克服していきましょう。
7.13
水なす杯が貝塚市ふれあい公園で開催。シニアが13、一般が14日でした。天候が危ぶまれましたが午前中はいけそうとのことでシニアは開催。昨年小早川さんと出ましたが、沈没したのでリベンジ出場。まあ調子よくて、いけそうだ!と思ってましたが、2時ごろ降雨中止。じゃんけん大会にしようかとの話もありましたが、記録も残らないものなのでそれなら公平に分配しましょうということになりました。ベスト8出てたので1人2個ずつゲットです。平和的解決にシニア60はなりました。
7.20
岡山で竜王古谷杯です。この大会は毎年相性があまり良くありません。初回出場時に決勝前に脱水症による痙攣をおこして棄権。それ以来出場しては良くて3位どまり、昨年は65歳の部に入ったのですが前田・福田ペアに痛い洗礼を浴びて撃沈です。今年も5ペアリーグで4試合ですがまあ何とかなるだろうと思ってたのですが香川の尾崎さんに激しく打たれて縺れながらも抵抗したのですが0-3となってしまいました。これではいかんと奮起、丁寧にいって2ゲーム取返し6ゲーム目も2-0。次のポイントを安易に前衛に行ってしまったのですがもっと厳しくいくべきでした。私のサーブで2-2にしてしまったのが良くなかったですね。押し切られて2-④で負けてしまいました。1位上がりなのでがっかりしていましたがその他の試合を勝って3勝1敗でかろうじて3位となりました。死に物狂いで来られた時にどう受けるか、リードした時にどうやりきるか・そのあたりが課題です。
7.21
岡山から今治に車で2時間ほどかかります。高速ができて早いとはいえやはり疲れます。ただ、今治の阿部さんと夕食の約束をしてましたが、今回は20人くらいの大所帯でした。殆どが知合いですが、地元の理事長さんや昔の名選手の旧姓森川さんなどと初対面でいい懇親会でした。
次の日の試合は3チームリーグでした。我々のブロックは地元の方々で何とか勝つことができました。B,CブロックがパッキンでAブロックの勝者はデフェンディングチャンピオンのトーナメントです。Cブロックは善家さんでした。まあ大丈夫だろうと思ってましたが、やはり相手によって違うものなのですね。思い切ってビシビシ打ってきます。1ゲーム目を取られたので引き締めて3-1までいきましたが、何となく3-3に。もう一度立て直そうとポジションをセンターに取って後衛に意識させることからスタート。うまくはまって5-0まで、次の前衛のレシーブを前衛に打たせるつもりでセンター善家さんのバックに近い方に打ちました。普通はそれを返すかロブにするのですが彼はバックで引っ張ってサイドラインオンライン。一瞬アウトかとウォッチしたのが裏目に出ました。5-1.次のサーブ、一本目ファーストが入らず落とす。次のサーブをリターンされてラリーとなり前に出るボールが少し甘く前に詰めましたが善家さんのボールがバックアウトで6-2。まあいけるか、と思ったのが良くないですね。レシーブアタックをボレーされ、次のセカンドレシーブを色々考えて結局ミス。6-4です。次の後衛サーブを落として6-5.最後のポイントをこれは勝負しないといけないと思ってスマッシュに。渾身で打ちましたがネットワイヤーに跳ねてちょうどいいスマッシュとなり6-6デュースです。運の無さを感じました。次のポイントを取られ逆マッチ。後衛ロブが上がり終わりかと思ったとこと空振り、後衛のフォローボールもネットでデュースアゲイン。これはまだ運があると思ったのですが、大事にいった僕のサーブを一本スマッシュされ、最後もポーチに出られて負けです。
いろいろ勉強になる試合でした。

2019.7.6
梅雨の合間に晴れ間がやってきます。数日前までは九州で豪雨。毎年大変です。亜熱帯で降るような大量の雨が日本に流れ大地を削っていきます。土だけでなく住んでいる人も使っている道具も根こそぎ流していきます。人は無力です。大きな大自然のうねりにはただただ厄災を免れようと安全なところで過ぎ去るのを待つ以外に方策はありません。修繕したり作り上げたりする技術や知恵は人には備わっています。しかし、安全なところはどこなのか?その答えはまだまだ正解は無いような気がします。
 晴れ間があって、テニスマンは喜びます。また明日は大阪府総体の中河内予選で東大阪の三ノ瀬公園コートにおいて実施されます。最近は男子のメンバーがしっかり揃わず本選への出場もなかなか叶いません。女子はどうにかこうにか行ってますが、選手の意識がイマイチ盛り上がらず、普通の団体戦と考えているようです。当市とクラブにとっては大きなイベントで、体育連盟がこの大会をメインに考えていることも確かです。市の関連団体である当協会にはそれを着実に履行する責任と義務があります。そのことをクラブ員や選手諸君はわかって欲しい。オリンピックで日本を背負って選手が戦うように、この大会では八尾市の看板を背負っているんだという自覚が欲しいと思います。

2019.6.29
昨年7月に韓国の大統領旗に参加するために試合会場に入りました。昨年といえば、肩の痛みも酷くなって来ていて、それプラス2年くらい前から痛くなっていた膝も最悪の状態でした。試合には意気込んでいきましたが、本当は戦える状況ではなかったと思います。昨年の大会は試合開始後すぐに80代の男性が事故で亡くなりました。転んで後頭部を打ってそのまま・・でした。緊急会議が開かれ大会そのものが中止になりました。この大会はジュニアからシニア迄団体戦と個人戦ですべての種目を一週間で行います。シニアの大会が最も遅かったので、中止はシニアだけになりました。
 ただ、先方は気の毒がって練習試合をしてくれとの依頼が殺到しました。何試合こなしたか分かりません。でも7~8試合は確かにやったと思うのです。ただ、集中力を無かったことは確かですね。仕方ないことです。
 今年は、是非とも昨年のリベンジ、とのことで福岡の蔀さんから要望がありました。一度は韓国との国民感情などの問題で気持ちが向かず、さらにペアが都合が悪いとのことで、参加を見合わせることにしたのです。しかしながら再三の要望で、何とか愛知の岩月さんが行ってくれることになりました。無理を言ったのですが快く受けていただき感謝です。
 個人的には、私の姪が韓国の男性と今春結婚したのでお祝いも兼ねて大会に行くことにしていました。少し天安からムンギョンまでは距離があるのですが来てくれるというので、楽しみにしています。

そのペアの岩月さんが今日、愛知から橿原市まで練習に来てくれました。6/4にも岐阜の熊田先生の練習場所まで行って合わせました。今回で2回目なので大体の感触は掴めました。あとは集中してやれるか・だけです。打つのが主体なのでそれをしっかりやってくれれば、出てってとります。テニスは何を決めてやり切れるか・です。そこがダブルスの醍醐味でもあります。

2019.6.26
暫く落書き帳を更新していないなアと思いながら、数日が経ってしまいました。最近、パソコンや携帯,ipadを使っても漢字は変換するだけで出てきます。漢字を知っていなければそれもどうかというところですが、幸い古き教育を受けている我々は、出てきた漢字を読めるくらいは出来ます。でも本当にそれでいいのかな・と思うんです。で、一年くらい前からこれと同じような日記をつけてみることにしました。するとやはり恐れていたことが起こりました。簡単な漢字でも書こうと思うと出てこないです。似たような字になるのですが、おかしいなと思って辞書(もちろんパソコン)で変換してみると・・違うのです。これはいかんとそちらを書いていくうちに落書き帳がお留守になってしまったのです。日記といってもテニス日記ですから、重複してしまうのです。
でも、こうやって思いつくまま書くのもいいかと自分を納得させて机に向かってる次第です。

6/22-23に奈良の明日香庭球場で西日本シニアソフトテニス選手権が開催されました。45のクラスの時に一度やってますので20年ぶりくらいとなります。そんなに昔かとビックリしてしまいます。長いこと試合に出ているもんです。当時に比べればコートもオムニに変わり、面数も格段に増えています。しかしここだけでなく奈良市の鴻池運動公園を使うということは、出場チームが増えたのでしょうか・・若者はどんどん競技人口が減少していると聞いています。でもシニアはとても盛んです。特に昭和の20~30年代はソフトテニスのもっとも盛んな時期だったのではないのでしょうか?
 競技人口が多いということはとても幸せなことです。多くの上手な友人がいます。日本中に散らばっている仲間たちとラケット一本で友人になれるとは何て素敵なことなんでしょう。
 今回も我が家には徳島の新開夫婦と鹿児島の角野、中西、今吉さんの5名が宿泊されました。語ることでも夕食を皆で囲むことでも、本当に笑い声の絶えることのないものでした。いつまでも良い輪が続いて行ってくれることを切に望むものです。

今年から65歳の部に出れることになりました。ここ4年ほどはペアで身体を痛めてしまい満足なテニスができていないのが実情でした。負けが込むと気持ちも荒んできます。そして焦りや苛立ちが起きてしまいます。2人して落ち込んだことも多いですし、自信がなくなって簡単なミスを連発して負けてしまうことも多かったです。勝ち方を忘れてしまった・・と思ったことも、もう勝てないんじゃあないか・と思ったこともあります。
 今年に入って、やっとケガも癒えてやっとテニスができるかな・という状態になってきました。しかし、なかなか思うように勝てません。勝てるかな・と思ってもズルズルと負けてみたりします。試合前の調整をミスったこともありました。
 天長杯で少し回復してきたかな・と思いましたが、東大阪でダメ。山手では何とか思い切ることもできましたが、まだまだでした。近畿大会も練習仲間の中村・中辻ペアに負けました。今年は全部ここに負けて4連敗です。このままズルズルいけばいかんと気を引き締めて大阪府社会人選手権にでて準決勝でファイナルながら勝てました。試合を振り返ると、負けていたであろうものでしたが、大事なところで中村ペアのミスが連発してあり流れがやってきました。そうです、テニスは自分たちだけでテニスをしてるのではありません。相手のポイントもありますがミスもあります。それはこちらも同じこと。自分がミスすると急激に落ち込んでしまったりしますが、そんなものあるあると思ってやったほうがいいですね。それより先です。ここで勝てたことは大きな自信となりました。決勝は谷本・小森ペアに負けましたが、大きな目標はクリアー出来たのでした。
 次の芦屋オープンは欠場しました。ほかの試合や私はクラブの合宿などがありちょっと緊張を緩ませようと思ったのです。その次の一週間を充実させればいいだろうと。結構ハードに練習したので、休む勇気を出してみました。
 ただ2回その間に小早川さんとペア練習を1回2時間みっちりやってお互いを確認できたのはよかったと思います。
信頼というか、お互いの調子をわかったうえでテニスをできることはとても安心できることです。できないならできないでいいと思います。お互いが底をカバーすればいいですし、無理なボールでミスしたとしても、仕方ないね、で笑って先に進めます。

 とはいえ今回は初戦は宮脇・玉井ペア。曲者玉井さんと初めて対戦する後衛さんでよくわかりません。普通にやるしかありません。流石に玉井さんは意外性があります。思わぬところで出てきたりします。今日はミスが多くポイントには繋がりませんでした。宮脇さんはよく打ちます。ちょっと変則ですが、2ゲームは様子を見ながらでちょっとプレーも硬かったです。3ゲーム目を取ってからは大丈夫かな・という感じでした。体力的にこちらのほうが大丈夫そうでした。息が上がってちょっとボールも甘くなり足も追いつかなくなって結果が見えました。
 2試合目は岐阜と愛知の水野・渡邊ペアですが、これも分かりません。しかし、水野さんは見ていたほどボールも来ませんし、出てみようと思いました。あまりサイドにも来ないのでじゃあいけるまで・・という感じです。センターにロブを振ってもらいそこからですね。うまくいきました。

2日目は第1試合目が香芝の園田・山口ペアでした。粘っこくて少しボールが短いので強打者には嫌な相手かもしれません。でも小早川さんは地元でもあり戦い方をよく知っています。一方的に彼の配球で翻弄した感じです。これで8本に入りました。しかしこれからが本番といえそうです。しかも我々の相手はこのトーナメントリーダーであろう篠邊・松村ペアです。今のところ5年前に西日本と全日本で対戦し1勝1敗ですが圧倒的な差があると思います。ぶつかっていくだけです。
 試合はまず僕のポーチボレーから始まりました。3本連続で3-0.ここを取ってしまっていればもう少し展開が違っていたかもしれません。ポーチをしたおかげで少し警戒してくれたようで、厳しいクロスボールが少なくなりました。もう少し行っといたほうが良かったと思います。入りとしては良かったのですが、締めが悪いですね。結局長いデュースを落とし、次のレシーブゲームを簡単にミスを2人で重ねて流れを持っていかれました。あっという間に0-3です。次のレシーブゲームも劣勢で0-3。しかしテニスとは怖いものです。マッチの僕のレシーブを松村さんが出たのです。本当にイージーボールでしたが、なんとネットに吸い込み。ちょっと緩かったので強く打ったら面が下向いて吸い込んだという感じです。ラッキーでした。これから挽回していきます。このゲームを長いデュースの末取り、次もリードしてリードして、でもポイントがなかなか取れません。やっとこさ取って2-3。次のゲームも押し気味ですがポイント遠い。ここも長い長いデュースの末我々に。3-3です。こんなことになるとは思ってませんでした。しかし、ファイナルは篠邊・松村ペア、ちょっとギアを入れ替えてきました。篠邊さんが打ち始めたのです。実はファイナル一本目を行こうかどうかを迷ったのです。ぐっと詰められて、これは来ない!と思いましたが、その位置からでは届きません。2本目を松村さんにポーチされました。僕のラケットにあたりましたが、当たらなければ小早川さんがフォロー逆ポイントになっていたかもしれません。その辺りが勝負の分かれ目なのかもしれません。最初一方的に0-4まで。そこから3本返しましたが、最後は松村さんのサイドパッシングが少し当たり損ないでチェンジアップのようになり、バックボレー空振りしてしまいました。
 一本の怖さと、試合中にやっぱり自分の判断を信じてやりきらなければ勝利は来ない、特にこのレベルでは・・と思ったものでした。

トーナメントを通じて、上がってこれなかったペアの中にも優勝の可能性を秘めたところが沢山ありました。しかし、見ていて感じるのは自分を出し切った人が勝つのだ、ということです。力の差はほんのわずか、そこを頭で考えても仕方ありません。単純にやりきることでしょう。
 今回は優勝ペアとやって、そうだこの感触!と思ったものです。やっと戻ってきた感じです。怪我に気をつけて病気にならないようにして、今年一年を乗り切りたいと思っています。順位的に5位だったので東西対抗の出場となりました。前半のご褒美と思いしっかりやってきます。

2019.5.13
 昨日は母の日でした。母は今年の2月に亡くなりました。色んなことを片付けてましたが、次第に忘れていくものではあります。11日の土曜日に長男夫婦と孫が訪ねてきました。明日は母の日、でも仕事をしているので日曜日の夜よりも土曜日の方が気持ちも楽だったのでしょう。それで思い出しました。でも、不覚にも・今日は何?と聞いてしまったのです。
 近畿大会の後でちょっと気落ちして帰ったのですが、明るい孫娘の歌声を聞いてると気持ちが晴れました。次の日の朝も散歩の途中に寄ってくれました。田舎から持ってきた鉢植えのイチゴが色づいて食べごろです。でも都会っ子で慎重なのでなかなか食べません。父親が半分食べると恐る恐る残りを食べましたが、美味しかったのかもっと欲しそうでした。何をしても可愛いもんですね。
 未来を見ることには楽しみがあります。でも母はもういません。
 忘れていたのに、母の日が追憶を呼び覚まします。テレビでもそんな番組や至る所で母さんに感謝!と何気なく話す言葉に急に寂しくなってしまいました。母さんの歌などが流れると、普通にしているのに自然に涙が溢れてきます。毎年、何をあげようか・と悩んだものです。昔の人は何を貰っても使わないで何処かにしまっておくのです。ちょっと余所行きの服やアクセサリーなんかは絶対に身につけたりはしません。特別に美味しいものでもしまっておきます。以前、3年くらい熟成したバームクーヘンがタンスの奥から出てきたことがありました。笑うというか、呆れるというか・・です。
 下着や靴下のほうがいいかと最後は日用品を贈るようになりました。現実的に物事を考え、いつでも最悪のことを考え、皆が困らないようにと自分のものは欲しがらず節約するのが染付いていたのでしょう。
 旅行に連れて行ってくれないというのでじゃあ温泉に、というと私は烏の行水だから温泉は嫌いと・事実汗かきで暑がりでした。
 皆ハワイに連れて行ってもらってるのに私は連れて行ってもらってない・と騒ぐので、それではとパンフレットを集めてきて準備を始めると、飛行機には絶対乗らん!英語は嫌いじゃ!パスポートなんか取りに行かん!と結局連れて行ってやれませんでした。
 一度だけ、私の退職の時、母と叔父夫婦を誘い温泉旅行に行きました。武田尾の静かないい温泉は、のんびりと滅多に旅行したことのない姉妹を包んでくれました。その2人ともが早や逝ってしまいました。大好きな叔母と無条件に私を受け入れてくれる母がいなくなってしまい、母の日は思い出しただけでも寂しいものになります。
 私の両親は、両方とも亡くなってから私は確信したのですが、2人とも本当は信頼しあっていたのだなと思うのです。生きていたころは喧嘩が多く、普段はあまり話すこともありませんでした。
 でも、僕がもう少し若いころ、両親が若いころの懐メロ番組がありました。父が歌を歌うなどということは想像もできない事でしたのに、両親が2人で僕の全く知らない歌を楽しそうに、懐かしそうにしっかりとした声で歌っているのです。母も父もあんなに楽しそうな子供のような表情をしたのは後にも先にもあの一回だけでした。その時、当たり前のことなのですが、この人たちにも青春があり、苦しい時代でも何かを見つけて謳歌していたのだと思ったのです。そして両親はきっと幸せな恋愛時代を過ごしたのだろうと、思いました。。両親が見合いをしたころ、叔母は高校生で父の会社の近くを通って通学していたそうです。叔母は言うのです・私は姉ちゃんの手紙を義兄さんに渡し、義兄さんから手紙を預かったのよ、毎日!・と。これは僕が妹と2人で叔母のうちに遊びに行ったとき話してくれたことです。叔母も懐かしそうに、みんな楽しい時代もあったのよ、と話していました。僕と妹は笑いこけていましたが・・

 母のことを母の日に思い出すと、こんなにも寂しいものかと思います。でもまた来年は違うのでしょうね。
 そういえば、10日ほど前に母が夢に出てきました。でも何を話したか、全く覚えていません。

2019.5.12
昨日近畿大会が終了しました。65のデビューでしたがあまりいい結果ではありませんでした。今年のテニスを見てみると、いい時もあれば悪い時は極端に悪く自分が読めないくらいです。後衛も10本続くこともあれば1,2本でミスする人は前衛にとってはあまりいい後衛ではありません。平均何本は続く、いいかえれば何本先までは後衛のビジョンがある・という人のほうが前衛には組みやすいし安心できます。
 それと同じように、どれを取ってどれは取れないかがはっきりしているほうが後衛には都合がいいでしょう。一番悪いのは、完全に自分のポイントだと思うボールをミスしたり決まらなかったりすることですね。実は今自分がその状態なのです。イージーボールが上がってくると、絶対に決めなくては!と思いすぎるのでしょうか・体がこわばったり足が動かなかったりするのです。ボレーでもスマッシュでも同じです。
 だから試合で集中が続いてるときは体が自然に動いてるので、そんなミスは出ません。決まった時は足も動き身体も前に出ます。でもミスしているときは決まってその場所で体が止まっていて、手さばきでボールを処理してしまうのです。
 無駄だと思えるくらい足を動かし続けて身体を少しでも前に運ぶ・これが大切なことなのでしょう。DVDを見返してみるとよくわかります。身体が遅れているときは決してボールを取ることはできません。ポイントに先に体重が移っているときはきれいにボレーもスマッシュもできるのです。この状態を克服するには練習をやり続ける以外に解決策はありません。それと意識の変革でしょう。前向きな自分にならなくてはなりません。

 1試合目、高木田口ペアです。高木さんは数年前シニア50で準優勝まで行ってます。時々大正クラブでご一緒させてもらいますが、球持ちも良くなってると思います。以前はあまり動かないでも大丈夫だったのですがここ1~2年は油断はできない後衛になってきていると思っています。今日も1本目から長いラリーの応酬で、しかも中ロブ、ドームで風もなく前衛には苦しい高さを打ち続けています。たまらずコバちゃんがツイストしてネット。これは縺れるかもしれない!と直感しました。そして僕のポイントが勝敗を分けそうだとも感じます。長年の経験はそう言ってるのです。コバちゃんもやることなすこと上手くいかず、見たところボールは走ってません。朝のラリーではまあまあかなと思いましたが、試合に入るとちょっと違うようでした。2-0となりよしと思いました。しかし次の僕のサーブを2本落としてから・ふと東大阪超壮年が頭をよぎります。ボール2本簡単なボールをミスして1ゲームを失いました。
次のゲームは引きずって落とし0-2。これではいかんと思い3-2までリード。マッチポイントのスマッシュをアウト、2回目もアウト・・これで気落ちし、相手は勢いづきファイナルへ。どうしても思い切れないミスが多く手加減してるのだなあと思います。しっかりとゆっくり大きく打ち切るのはいいのだけど、中途半端にラケットを振ってるのでラケット軌道が無茶苦茶です。溜めもなければ円運動にもなっていないスマッシュ軌道・・これでは入らんでしょう。昨年の天長杯のスマッシュなどはいい感じで打ててました。そこまでも出さなければなりません。ミスをしたくない、入れておこう・・などというのは前衛としての心構えを捨てている考えですね。アメフトでいえばオフェンスとディフェンスのような関係です、後衛と前衛は。時には入れ替わりますが、基本的には前衛はオフェンスでしょう!流れる如く前後衛が役割を入れ替わって動いているとき、ソフトテニスは美しいと思います。他のどんなスポーツよりも流動美があると思うのです。
 この試合は何とか勝ちましたが、このような試合を続けていれば先は見えません。最も悪い試合をしています。攻撃に行ったボールが一本もないのです。最初は打っといてくれればいいやと思って動かないのですけど、前衛は勇気を出してボール取りに行かないと、絶対に動けないものなんです。勇気を振り絞って行けたならきっと勝てるのです。

 2試合目はこの反省から、最初からポーチに行きました。その姿勢が大切なのでしょう。④-1で勝ちです。しかしこの試合も振り返れば30点くらいの出来です。自分の思ったように動けていない・・リズムに乗り切れていないと感じています。最後の1本、ストレートのパッシングが綺麗にクリーンヒットした唯一のボレーでした。

 3試合目、4本決めです。相手は中村・中辻ペア。今年は何度も対戦しています。小早川さんと組んで2連敗中。そろそろ勝たねばなりません。このままずっと苦手意識を持ったりしてはいけないのです。今日は最初から飛ばしていこうと決めていました。コバちゃんも取ってくれといってます。そうしなければ勝てないと・・
 最初から取りにいきました・が1本目フォローされ、その後続いたボールを逆ポイントされました。1ゲーム目は4ポイント僕のミスです。触ったけど決められない。次のゲームもその次も1ゲーム目が災いして少し出れなくなってました。もう後がなくなった4ゲーム目は破れかぶれで行こう!と決めました。普段は出ないコースにポーチに行ってみよう。そして相手は3ゲーム取って1ゲームくらい落としてもいいや!くらいの心の隙があるかも知れないと思います。一本目がうまくいけばきっと何とかなるだろう・と相手の甘さに期待しました。左ストレートは右利きは引っ張りやすく、普通は出ないコースです。でもこんな時だから、行く!と決めてポーチ。決まりました。意表を突いた一本だったと思います。それからセンターロブをコバちゃんのバックめがけて打ってきます。そのポールをポーチ。このゲームが取れました。2本決めたことで3ゲームまでの中村選手の攻撃的姿勢が嘘のようにロブ主体に切り替わってきました。上げあいならコバちゃんの方に一日の長があります。次第にバックアウトのミスが出始めました。3-2からとうとうファイナルに追いつきました。
 昔ならこのまま一気に7-0くらいの勢いで畳みかけたものです。しかし、1本目アウトから入ります。次1-1。逆に中村さんが割り切って攻めてきました。ここで僕は冷静になって誘いに入らなければいけなかった。後半ラリー中から取れそうなボールが2~3本あった。これを抑えていれば形勢は逆になってただろうと思います。これが一つの大きな間違いだ。戦い方が試合に中でワンパターンであったこと、試合中に相手の攻撃が変化する瞬間を察知しなければならないのにできていなかった。忘れていたというべきか・・どちらかというと、今まで僕はそういったことで相手後衛の心理を読んだり、パターンをわかって試合を進めてきた。それが出来ていなければ勝てるわけもないのです。
 最後は僕の側を通されて負けました。確かにネットにベタ付きはできてませんでした。自分側を完全に封鎖することが80%くらいの出来だったのです。コバちゃんと縦は捨てていくことを目標にしてましたが、不完全だったということですね。割り切りができていなかったファイナルでした。
 
 ただこうやって試合を反省していくと次がやっと見えてきました。今できていない事は何なのか、なぜできていないのか、どうすればできるようになるのか、何をしよう!ということがここに来てやっと分かってきたようです。長い時間がかかりました。4年間次第にテンションが下がり続けて、もはやどうすれば・・というところまで行った最近でした。これからは今わかったことの確認と実践を繰り返していけばいいのだろうと思っています。
 急にまた試合がしたくなってきました。

2019.5.7
昨日は一日休養でした。起きると体がだるい、筋肉が張っている・・などいつもと違う感覚でした。夕方のなっても抜けきれず睡魔が襲ってきます。連休の疲れと試合の緊張疲れとが重なってるようです。
 気晴らしに散歩にいきました。近くの玉串川は桜の名所ですが、ちょうどいい散歩コースです。若い時はランニングコースでしたが・・
鴨がいました。7羽のヒナを連れています。子供たちは必死で親の後を追いかけます。生まれてすぐ、誰にも教わらずとも泳いでエサを探すのでしょう。玉串川には大きな鯉がたくさんいます。餌をやらないで・と立て看板も空しく、子供たちを連れた人たちは色々エサを与えてます。散歩する人が立ち止まると一斉に大きな口を開けて近寄ってきます。条件反射で知っているのでしょう。その上を鴨の親子が進んでいきます。鯉は子供を狙っているのでしょうか、水面下からゆっくりと近づきます。突然親が急に早く泳ぎ始めます。子供は必死で泳ぎます。しかし、能力には差があるようです。あっという間に縦一列に。ゴムで引き寄せられるようにまた一塊になります。鯉はまだゆっくりと近づきます。親は羽音を立て、水面を叩き、飛び立つ格好をします。鯉を威嚇してるのでしょうか。自然は厳しいのだなと改めて感じます。穏やかな5月の日差しの中で餌を追い求める生物の摂理、鴨も餌を求めます。しかし鴨も何かの餌になり得ます。その先にも・・食物連鎖で最高位にいる人は、やはり命を粗末にしてはいけないでしょう。

5/7散歩に行ったとき・・すでにヒナは6羽になっていました。

2019.5.6
今年は色んなことがあります。4/21の天長杯は幸運にも優勝することができました。5/2は橿原運動公園で練習会があり参加しました。一般男子,45,50,60,65の奈良県の選手が集まりランダムにリーグ戦を行ったのです。平均一ペア5試合でした。若い子とやってもこの日は絶好調、なんでも取れるくらいの勢いでした。
 しかし、この好調は若い時とは違います。疲れが蓄積することを身をもって体感しました。翌5/3は東大阪超壮年大会です。さあ優勝するぞ!くらいの意気込みで出かけて行ったのですけど・・結果は、予選リーグ敗退でした。不思議なことに、あれだけ自在に打ててた前日のボールが遠く、速く、重く感じます。加えて太陽が照りつけ、日向に長くいたためかボーっと試合に入っていったのです。前日の練習の後遺症か、コバちゃんも瞼が重いといってますし、対応力には二人とも欠けていたのでしょう。何となくボールが取れず、プチプチ弾きます。コバちゃんのボールも勢いがないのかどんどん返ってきます。あれよあれよという間に1-3です。気合を入れなおそう、といったのですがポイントが離れていく一方です。ゲームセット1-④でした。自分の体力の衰えを忘れ、日向で長時間身体をさらし体力、集中力を失い、練習もしないで試合に臨めば結果は火を見るより明らかです。
 これも大きな試合前の教訓です。準備万端憂いなしです。

5/4は橿原クラブに東京から来られた新沼、吉岡、中村さんを連れ練習。今日はやりすぎないように2試合にしておきました。その後藤岡さんとちょっと強めのラリーをしてとても良かったです。

5/5は神戸山手全国大会。近畿大会前で殆ど皆さんペアを崩さないで参加します。それだけに後衛探しが大変です。今年は丸谷さんにお願いしました。彼は昔からよくやってますし、うちのメンバーの高橋、東山さんの先輩でもあります。いいボールを打ち、誰とやってもそう簡単に負けることはありません。今日のリーグ内にもオープンで打ってくる竹内さんや綱島・成富ペアがいましたが、殆どミスなく自信をもって打っているようでした。初めて組むので球持ちを心配して、かえって僕のほうがミスを最初は連発しました。自分に集中すればいいだけのことですのに・・
 綱島戦は一方的にうまく成冨さんを攻め、また綱島さんの短い切れたようなボールにも上手く対応していました。リードされてもミスがなく安心できたのは素晴らしいです。
 リーグを抜けてベスト6、これを勝たねば入賞はなりません。今年早3回目となる中村・中辻との対戦です。今日はボールも見え、中村氏とのタイミングもよくあってます。ミスも出ましたがほぼ対等に戦えたでしょう。勝ち切れなかったのは、最後に焦ってしまったところでしょうか。もう少し落ち着いてプレーができると良かったです。
 しかし、先日の東大阪の試合のようにならないよう、今日は試合前のアップや日中の暑さを避けて日陰に居たり、色々尽くしてみました。試合前の準備は本当に大切です。
2019.4.22
昨日は和歌山県のつつじが丘テニスコートで天長杯が開催されました。温かくなった途端25度を超え、夏がそこまでやってきています。山の上にあるコートはいつも強い風が吹きます。ただ今年は高気圧の真ん中で朝は無風に近いものでした。
 今年からやっと65歳の部に出られます。昨年60の部に出ると大概の仲間たちは65に上がってしまい一抹の寂しさを感じたのでした。ただ60の会場コートはメインコートから離れていて予選のリーグ戦はテニスの試合をやってるという感じがなかったです。やはり試合会場はできるだけ分けないほうがいいですね。
 試合はリーグ戦で2位上がり。私のブロックには谷本・小森ペアがいます。先週自分の落ち着きがなくゲームが縺れかけた湊・西野ペアと3ペアです。悠長にしていては危ない!と気を引き締めて入りました。谷本ペアも調子が今一つで0-2、0-3まで取られました。これは拙いぞ・と思ったのですが、そこから湊ペアが勝ちを意識したのでしょうか簡単なミスが重なりこのゲームを落としました。それからは息を吹き返した谷本ペアが何とか逃げ切りました。後衛のリズムがなく小森さんも動きがちぐはぐ、前後衛の守っているところがどうも違っていてお見合いや反対側に走ったケースがたくさんありました。ゲームを組み立ててくれなくては前衛は何もできないな・という感じのテニスでした。谷本ペア④-2。我々と湊ペアとの戦いは、小早川さんのボールが締まっていて④-0でした。今回は危なげなく勝てました。2試合目の谷本・小森ペア戦。最初の2本ポーチに行ったのがミスとなって0-2スタート。コバちゃんがそうなると組み立てができなくなり、簡単に1ゲームを落としました。2ゲーム目も何とか立て直そうと思うのですが3-1とリードしながら追いつかれ逆転。それから、気持ちでは、まだあるよとか大丈夫、と言ってるのですがボールが全く見えていないというか手につきません。
ズルズルと3ゲーム落としました。このゲームもリードしながら逆転負けです。何もしないまま負けてしまったと感じますが、リードした時に畳みかける力技が無いように思います。次はそれが課題です。僕らは今もがいているなと思います。しかし今日、あまり人と話さず小早川さんと良い時はこうだったとか、今はこれができてない、とかいろいろ戦術について話し合えたのは良かったですね。これからこうやってみよう!と素直にいえるようになった気がします。彼も迷っているんだ、とは再確認した次第です。

 トーナメント1回戦は加藤・澤崎ペアです。山中渓でもよく練習を一緒にしますが、よく打ち、男とやっても割と対等にやりますので嫌かな・と思っていましたが、流石にコバちゃんは女性だからと手加減はしません。ビシビシと打ち込み、前衛が後ろにいれば簡単に足元、サイドと抜きに行きます。あまりポイントは取られてないでしょう。
 ここからが気を引き締めなければです。準々決勝は堤下・大川ペアです。堤下さんは先日府民大会でも当たりそのラリー力にはビックリしたものです。大川さんは松舟さんと組み全日本も2,3位と最近勝ってます。自信がプレーに現れますが自由にさせれば痛い目を見ますのでこの辺りで止めておきます。
相変わらずビシビシ打ち込まれ大川さんのスマッシュという構図、想定内だけどちょっと厳しいのかも。。1-2でリードされましたが次は粘りポーチもありで相手を攪乱して2-2.ここまで来たら気持ちも乗ってきます。前に一歩踏み込んでボレーリターンも確実に決めていき④-2で勝利です。
 準決勝は大矢・清水ペア。大矢さんとは5年ぶりくらいの試合です。初回当たった時は大きなフォームと自由な配球で完璧にやられました。2回目は西日本でこの天長杯でやっていたので大体のコースが分かっていたのでリベンジできました。今回小早川・髙原では初対戦です。これが後の戦いのジャブになると思います。ぶっつけてきたボールも以前ほど切れがありません。前後にはやはり弱くツイストは大体決まりました。コバちゃんの組み立て勝ちというところです。④-1でした。
 逆の山は第一シードを破った上田・松村ペアと吉野・内山ペアが4掛けで上田松村。谷本・小森と中村・中辻が対戦し④-0で谷本・小森。この準決勝の対戦は途中まで谷本・小森と思われましたが、逆転し④-2で上田・松村。松村さんは府民から2試合連続で谷本ペアに勝っています。
 昨年60の準決勝がこの上田・松村ペアでした。あの時は我々は満身創痍、精神的にもイマイチでしたが何とか勝つことができました。今年は1つ上がって決勝での戦いとなります。上田ペアの準決勝の戦いぶりを見ているとロブ中ロブを上手く織り交ぜ、シュートは思い切って打つのが大体のパターンです。そのロブが良くなった分勝率も上がってると思います。気を引き締めていくこととしました。レシーブから入りましたが、スマッシュミスもありましたがまあ無難に1ゲームを取り、サービスゲームは2,3ポイント目がちょっと危なかったですがクリアー出来て2-0.3ゲーム目のレシーブは思い切って打ち切り4-0でした。ここで押し切れたのが今回の収穫です。4ゲーム目も丁寧な配球で上田さんのロブミスがでて最後はカットサーブのレシーブミスで終わりました。④-0で勝ちホッとしました。
 久しぶりの優勝です。本当に優勝はもうできないのかな・なんて考える時間でもありました。人は不安になると自信も意欲も無くなっていきます。自らを鼓舞してまた光を当ててやらねばなりません。

2019.4.16
朝のニュースはなんといってもパリのノートルダム寺院の焼失。尖塔は焼け落ちているけれども聖堂の内部はかなり護られたようで消防士たちの勇敢な行動に賛辞を。日本でいえば何が無くなったといえるのだろう・・・日本には宗教的基盤は少なく、すべての日本人が同じ意識でいられるものは無いのだろうか?と考えてしまいました。
 フランス人は生まれた時から洗礼を受け、神と共に生きていると・・その感覚は死ぬまで僕にはわからないでしょう。祖先は信じる、しかし仏教で人は死後の世界に行くと誰も信じてはいない。極楽に行く、地獄に行く・・きっと行ったらいやだな・くらいで死んだら何も残らない、魂だけで存在することなんかないと皆知っている。宗教と共に生きていない日本人はそれだけ恵まれていたということなんでしょう。すがるものがなくても幸せでいられるくらいなんですから。

一夜明けてのネットニュースでは、集まった1000億の寄付金の使い道と再建方法についてどうやら足並みがそろっていないようで、フランスも一枚岩ではないのだな・と改めて感じます。莫大な寄付金が、もちろん富裕層からでしょうが税金逃れのためだとか・・寄付金は貧困層の救済に当てるべきだとか・・
また、再建はマクロン大統領は5年で実施といってるようですが10年はかかるとも言われてます。更に、近代美術家を起用して新しいノートルダム寺院を作るとか・・復元に関して高度な技術を持っていますが、オリジナリティよりもノベリティ、インプルーブメントに価値を置くのがフランスなのでしょうか。日本ではいかに元の形に戻せるかが技術の高さとみなされます。オリジナリティがいかに尊重されているかです。しかし、日本人は模倣の天才、そして改善によって新しいものを作り上げてきました。それをノベリティとして確立しています。現実にやっていることと心の中に大切に持っているものとは違うのでしょうか・・
日本は木の文化、有機物で作ったものはいずれ大地に帰ります。有限であることを知っているから永遠を求めるのかもしれません。ヨーロッパは石の文化です。永遠とは言いませんが無機物だけに我々の命よりずっと長く存在します。何世代にも同じ風景を見てきた人たちには新しいもの、目に映る変化ものにはあこがれがあるのかもしれません。そういえばイタリアでしたかスペインでしたか、原形とは似ても似つかぬ修復をした女性がいました。もはや彼女のオリジナルの絵画といっても差し支えないでしょう。賛否両論ありましたが、少し時間がたったころあの絵はそれなりに命を吹き込まれて生きている、むしろある意味で人気が出た・と報道されたことがあります。その寛大さ、変化を受け入れるのだな、と思ったものでした。
 この先ノートルダム寺院がどういった形で修復、創造されていくのか・私は大変興味があります。
2019.4.15
今朝はニュースが2つ飛び込んできました。1つはゴルフのマスターズでタイガーウッズが14年ぶりにメジャー優勝。2つ目は東京大学の入学式での上野教授の祝辞の日本人への警鐘。

先ずは、タイガー。15年前はタイガーといえばゴルフ界だけでは無く誰も知らない人がいないほどのスーパーヒーローでした。若い人がゴルフをすることに大きな門戸を開いたといっても過言ではないでしょう。時を同じくしてさらに若い石川遼が日本でも登場しマスターズに招待されるかどうかで話題になっていたのも記憶に新しいところです。人気絶頂の時、スキャンダル、麻薬、色んな報道がなされました。真実は何かわかりませんが、彼が栄光の座から降りて行ったことは事実です。スポーツだけに限らず、自分が集中してやらなければならないときに雑念が入るともう一線ではいられないくらいの打撃があるということを表してます。順風満帆にいっているときに怪我をしたり、病気になったり、スキャンダルがあったりすると戻れないくらいに精神的なものが大きく影響します。どの世界でも第一線で活躍できるというのはそういったことを乗り越えた人たちばかりなのです。それだけ人の実力は違いがなく心技体のどれかが欠けると負けてしまうくらいのところで皆戦っているということなのです。
 タイガーほどの力のある人でもメジャー大会で優勝するのに14年かかりました。その間、なぜ勝てないと葛藤もあったでしょう。辞めたいと思ったことも。何かが彼の中で吹っ切れた時に初めて彼を舞台に押し上げる準備が整います。数年前から少しずつ名前が再浮上してきました。新しく彼を作り上げるものができてきたのでしょう。
 テニスをしている人で、長いブランクがあってなかなか勝てない人が「元に戻ったら同じようにできる」とよく言います。それは間違っているのでしょう。時がたっている以上、元の自分には戻れません。新しい自分を構築していく以外にまた栄光の舞台に立てることはないのです。今の自分と周囲の状況を冷静に分析し、来るべき将来に自分が何をすれば頂点に行けるのかを真剣に考え実践するしかありません。その日々の努力の積み重ねがその人を押し上げるのです。タイガーにおめでとうと言いますが、その苦難を乗り越えたことにそれ以上の賛辞を贈りたいです。

2つ目は上野教授が東京大学の入学式で祝辞を述べられましたが、その内容を聞き思わず涙が出てしまいました。
内容は、人の生き方について、過去の自分を見直し、現在の社会を理解し、その上でどう考えて、大学で何を学ぶか・と理解します。
 人が生まれ落ちた環境は様々ですし、未来永劫同じでもありません。運もあれば自らで勝ち取ったものもあります。この社会で東京大学に入るということがどういうことなのか・・という基本的なことを問われてます。いや東京大学だけではありません。大学に行って学ぶということの意味を問われています。そして過去に大学に行った人たちには何をもって大学の意義を自分は見出したのか、何をそこで得たのか、今若い人たちに大学とは何で、何を彼らに言ってやりたいのかを分かっているのか・と言われていると思います。
 東京大学に入ったということはそれだけで日本人は凄いと尊敬されますし、頭が抜群にいいねと認められます。そして京都大学・・・と大学の格付けがされているのです。入ったことだけが重要視されるのが今の日本です。社会はその幻想の上に成り立っています。入学試験は確かに難しいものがあります。東大、京大だけでなくどの大学の入試問題もよく考えられているものが多いです。でもそれはあくまでも訓練で解決できる程度のものでしかありません。高校までの教育は、いわば知識の理解力と記憶力なのです。現在まで先人が試行錯誤からあるいは鋭い観察力から世の中のありとあらゆる法則だろうと推定されるものを探り出し、世の中に発表しそうだ!と認められるものが人類の共通の知識となっているのです。
 入学試験はそこまでの知識をどれだけ理解し、どれだけ覚えていて、正確に書き写せるか・の戦いなのです。
では、考えてみてもらったらいいと思うのですが、テストで100点を取る人は小学校時代からそんなにいたでしょうか?そして日本の高校で今は偏差値で格付けされていますが、いい学校でも中学校教育の80%程度しか理解できていない人が学んでいるのが実情です。各学校で中間テストや期末テストを行って平均点は50~70点がいいところですよね。偉そうなことを云っても高校教育で、すでに分かっていることを学んでそれを書き写すだけの知識が50%にも満たない人がこの世の中は半分以上いるということなのです。
 そしてその知識量が多い少ないといって騒ぎ立てているのが現実のこの日本の社会です。

上野先生が切り出されたのは、平等だと思ってやってきたことが正しいという前提は何もないのが本当なのだ・ということからでした。一番身近な入試に関しても昨年の医科歯科大学の入試では学力だけでなく男女の点数差が最初からあったことが判明した。これが世の中に出なければ今でもずっと連綿と続いていったことだろう・と。続けて、女性は女性というだけで社会の中で最初から差別が組み込まれている。それは東京大学においても同じと。私も会社時代はそうでした。大学を出て同じように入社しても女性の昇進スピードは最初の存在する規定でもはや違っているのです。それによって給料の差が数年たったら開いてきます。昇格も違い次第に意欲を失っていきます。また大卒でなければ到底追いつけないような仕組みが社会には作られているのです。そしてそのためでしょう。何はともあれ大学を出ておかないと同じ土俵に上がれない社会だから、大学だけは出ておきなさいと・・。更に、買い手市場の時代には、大学の格付けの高い順に採用する傾向があります。その学生の資質よりも、大学の先生とのつながりなどが根底にあるのです。

 大学に入ることを目標にしている人は、自分の目的は達成され、本来の大学の意義やそこで何をすべきか、何のために大学があるのか・ということを考えないで過ごしてしまいます。分かっていてもどうでもいいや・なのかもしれません。でも大半は大学って何だ?は考えていないのでしょう。
 大学とは与えられた知識を吸収するところではなく、知識の質を学び、知識の質と量を広げるところなのです。この世の中にある常識というものの質を見直し、常識を作り替え新たな知識を標準化するところなのです。
 もちろん、1人がそんな沢山のことはできませんから、私のように化学屋は化学のしかもその中の一部分を通じて新しい挑戦を試みる。幸運にもいい結果が得られた場合は社会の常識を少しだけ推し進めることに加担できたのです。それをずっとやりたければ大学の研究者になることです。昔、専門バカという言葉がありました。10年1日のごとく同じノートの内容を大学の教壇で教え、自分は自分の研究のみに没頭している大学の研究者のことを云ったようです。世の中のことは何も知らない、そんな象牙の塔を突き崩し開放的な大学を目指そう!と昔の学生は大学改革の狼煙を上げました。今ではそれが正しかったのかどうかはわかりません。大学の意義、自分の生きる意味を真剣に考えて自分の環境を最大限に改善したいと願う気持ちは正しかったと思いますが。
 大学で学ぶ意義・・それだけでなく、この世の中で生きていく意義はどの人ももっと考えるべきか・とは思います。

 大学に入ったことは色んな人の支えがあって入ったと思います。少なくとも18年間も食べさせてもらった。18年間も教育を受けさせてもらった。塾や家庭教師もつけてもらった。クラブ活動もさせてもらった。必要な経費も出してもらった。教科書や授業料も殆ど無償、スマホやパソコン、コンビニや図書館などこの世の中でどれだけの恩恵を社会からもらっているかを考えたことなどないでしょう。それは皆親が出したもの、誰の世話にもなってない、挙句の果ては、生まれたいなんて望んでない、勝手に生んだんだから育てるのは義務だろう、などという奴もいます。
 それは自分が運が良かっただけのこと。どうしようもない人だっている。今シリアに生まれても同じことが言えるか・言えはしない。でも仮定の話なんかいい、今自分はここにいるのだから。。今の話をしてくれ・と逃げる。
 上野先生の話を聞いても、傷ついた!なんて発言した学生がいて暗くなってしまいましたね。ネットでは多くの親御さんのいる前で祝辞としては不適切だ・というのもありました。そもそも大学の入学式に親がついていくなんてことが僕には信じられないですね。その親のために発言を考えて言うべきだ、なんて考えられないことです。入学する学生に、まず最初に大学生としての自覚を促し、この4年間の精神的な目標を持たせ、そしてそれを社会に還元するために自分の力を使ってほしいと述べられた先生は私が知る限り最高の教育者であり、数少ない先生と呼べる人物だと思います。

 人は個人でできることは本当に少ないですが、多くの人々の力を結集し多くの世代を重ねて大きな実りを得ることができるものだと信じています。春先に大きな希望を抱いて新しい環境に飛び込んでいく方々の前向きな心と行動力に期待するものです。

2019.4.1
新元号が発表になりました。その時間はちょうど車運転中でリアルタイムに見ることはできませんでした。まあどおってこと無いことです。まだピンときませんし、慣れていくしかないものでしょう。否応なしになれます。
 連日、大騒ぎをしているTVです。井戸端会議番組がまた勝手なことを云ってます。どうでもいいことに時間を費やしすぎです。平和な国でいいとは思います。
 それに伴って天皇は退位され上皇になります。その決断はよかったと思います。どこの国が90歳近い老人を超激務な公用につかせているのというのでしょう。韓国は天皇は戦争責任を取っていないと言ってるけれども、平成天皇は自ら興した戦争でもなく、むしろ被害者だといえる方です。戦争後は象徴という押し付けをされて悩んだことでしょう。歴代天皇誰も経験したことのない言葉を押し付けられそれにふさわしい行動をしなければならない。そして決められた国事行為を代表して行うのです。彼は現人神ですか?生き神様ですか?いや人間でしょう。もしも生まれた時から国民の総帥として生きるように教育された方が、ある日突然・象徴として生きるように告げられたとします。生きることに全く自由の無い人です。でもそれを黙々と淡々とこなしてこられた。美智子皇后も負けず劣らず素晴らしいお方です。レディ、というのはこの人のためにある言葉です。
私は子供のころ、天皇なんて何をしてるんだ!そんなもの無くても日本の国は十分やっていける、と思ってたほうです。その時はただそこに生まれただけで・・様と呼ばれ、いくつもの御用邸をもち優雅な生活を送っている人たち・・くらいにしか見えてなかったのです。今は、あの人だけにはなりたくない、生まれ落ちたのが庶民でよかったと本当に思います。
 そうです、彼はこの日本で最も自由がない人なのです。ある意味では国民に代わり戦争責任を一人で背負ってきた人だと思います。昨年の退位を決めたビデオメッセージや先日の言葉には天皇になる運命で生きてこられた一生に対する万感の思いが込み上げてきたように見えました。また皇后さまに対するつつましい表現でしたが感謝の気持ちは、本当に重いものでした。
 私の幼稚園時代からの友人が、僕は平成天皇と同じ時代に過ごせたことが本当に素晴らしいことだったと思う、と言いました。正しくそうだなと思ってしまいました。僕はこの平成天皇・皇后は素晴らしい方々で、正に日本の象徴としての責務を完遂されたと思います。自然と頭が下がります、そして何だか自然に涙が出てしまうものです。

2019.2.25
色々な後始末も大方片付いたこの頃です。喪失感はあります。それは埋まっていくことでしょう、次第に。
昭和元禄という言葉を思い出します。高度成長期に育った我々には就職や職業の選択に迷った人は少ないでしょう。複雑でない農工商の大きなカテゴリーの中で選択したと思います。学校も今ほど複雑ではなく、高度化もしていませんでした。難しいことを広範囲に習っているのだとも思います。試験も大学は一発の入試のみ。でもその方式で入った学生と今の複雑な入試体系で入った学生と、いったいどちらが優れた大学生なんだ・と思ってしまうのです。
今のシステムは平均的な人材を育てるには適しているかも知れません。でも研究肌や探求型、リーダーシップをもった人間の養成には向いてないです。いわゆる実務型の便利グッズをたくさん生み出してる教育制度なんですね。
 私は昔型の人間ですから、大学生の格を考えてしまいます。でもそれがそもそも間違ってるのですね。
世の中が平均的人間で埋め尽くされようとしています。

2019.2.16
ここ数日色んなニュースがあったのでしょうがほとんど耳に入ってきませんでした。
母が年末に脳梗塞を発症し入院。正月は病院通いでした。でも頭の方はしっかりしていて左半身の麻痺が出ました。右脳の下半分がダメになったようです。血栓ができでしまったのです。小康状態でリハビリも進み、転院の話が出てたところに今度は血栓が右下肢に起こりました。このままだと切断かミイラ化とのこと。カテーテル手術は急遽行われ幸い回復しましたが、血栓の発生は心臓の心房細動とのことでこれ以上の手術は不可能と言われました。体力で回復を待つのみです。それでも意識はしっかりしていて会話はできますので大丈夫なんだろうかと思っていました。この間も殆ど病院に泊まり込んでいましたが側にいると安心するのか割と安定していました。少し大丈夫かなと大阪に帰り雑用をしてから病院に戻ると容態が次第に悪化して脈拍が10~120だったものが150~180 ひどい時は200を越えます。お酒を飲んだりすると120、全速力で走ると150~180です。それを何日も続けました。次第に170~200が常態化してきました。体力は一気に失われた模様です。血中の酸素濃度が95~100%でしたが変動を始めます。体力がなくなると拍動が100~120くらいに落ちてきました。それは良くない兆候と聞いてましたので少し覚悟をしました。血圧が一気に100→70→50と下がり、体の末端にチアノーゼが出始めました。呼吸も激しくはできないようです。酸素濃度が80→50と落ちます。私と妹が枕元で母の瞼を開くと確かにしっかりと瞳が動きました。握っていた手にかすかに力が加わったようでした。大きく口を2度ほどパクパクと開けて、ウーンと言ってパタリと呼吸が止まりました。
 父の時も臨終は母が1人でいた時でした。一番安心する人といる時に逝くものなのでしょうか・・
 これで両親ともに他界しました。自分を何の打算もなく愛してくれる人が少なくとも二人居なくなってしまったのです。喪失感はあります。でも立ち直れないほど壊れる心ではなくなっています。これからどう生きていくか、それをしっかりと考えていくことです。

2019.1.28
テニスのオーストラリアンオープンが閉幕しました。この冬の次期には南半球のかの地は快適な暑さかも知れません。ただ酷暑・ということで厳しかったのかもしれませんね。錦織選手は今回2回のラッキーがありました。テニスは運もなければ勝てないスポーツです。実力+アルファを持った人が勝つことができます。勝負事とはそういうものかもしれません。錦織選手の8掛けの試合は確かにいい試合でした。彼の体力があそこまで持つとは思いませんでしたがよく耐えたといっていいでしょう。サーブの威力が増して今回は期待が持てました。短時間で疲労を抑えてプレーできるからです。またテクニックもかなり良くなっていますので上手くいけば準決か決勝まではいける可能性がありました。でも数試合をファイナルセットまで行き厳しかったでしょう。ジョコビッチ相手ではちょっと難しかったと思います。ジョコビッチもケガを克服して勝ち上がってきました。数段いいテニスをしたように私には見えました。一番素晴らしいと思うのは予測が素晴らしい。というより相手に打たせる方向を決めさせてしまっているということです。彼は自分のショットを放った瞬間にすでに予測した方向に躊躇なく走り出していました。時々決勝ナダル戦では逆方向に打たれる場面がありましたがそれはごくまれでした。90%以上はジョコビッチの青写真通りに進んだマッチだったと思います。そこに至るまでに彼は多くの努力をしたでしょう。対するナダルもまた怪我を乗り越えて決勝まで来ました。快進撃で決勝までは落としたセットは0でした。彼はパワーとコントロール、ワイドサーブからのオープンスペース攻撃に徹してました。しかし、それ以上にジョコビッチの予測とテクニック、パワーが素晴らしかったということですね。精神的には対等でした。彼らのテニスをする姿勢と心には一遍の迷いもありませんでした。どれだけ技術とパワー、正確性を身につけたかで勝負は決まったようです。ジョコビッチのテニスはソフトテニスのプレーヤーも学ばなくてはいけない点が多く見られた素晴らしいものでした。

 女子は大坂なおみがサプライズではなく実力でもぎ取った優勝をしたトーナメントでした。全米オープンがまぐれではなかったのか・と恐らく半分以上の人はそう思っていたことでしょう。誰も一度では信じてくれないものです。強いと分かっていてもどの程度かはわかりません。前年度70位くらいの選手が急に全米で優勝したけれど、あれはセリーナが審判ともめて切れた試合だったから優勝もまあラッキーだっとよね!くらいにしか見てなかったのではないでしょうか?急に無名の選手が上位に来ると皆そう思います。誰もが明智光秀の首を取って自分が天下一になろうと思うのです。大坂選手はしかしきっとよくわかっていたと思うのです。彼女はしっかりと減量し一層のパワーを身につけ、そして若さがもつ心の暴走を自制する術をこのトーナメントを通じて自分のものにしていきました。若い子は、成長途中の子はトーナメントの中で急激にうまくなっていきます。理屈ではなく自らが極限に置かれた時それを克服する手段をそこで自分のものにしてしまうのです。大坂は完全アウェイの全米、そして進化を問われているこの全豪と常に想像を絶するプレッシャーを感じながら、そしてそれを克服しました。世界中の何億人の目を意識して試合をするなど、高々21歳になったばかりの女性には本当に厳しいことだと思います。でも彼女はその猛烈なストレスに耐えた、そして乗り越えたのです。技術はすごいものがありましたが、この大会ではさらに磨きがかかっていました。いいコーチ陣との信頼関係がなければできない事でしょう。
 彼女が日本国籍、米国籍の二重国籍です。オリンピックにどちらででるか・などと論争しているようですが、どうでもいいことだと思いませんか?日本人であろうとなかろうと、このパフォーマンスに僕は感心したのです。国境を作ってはいけません。日本人であるということを誇りに思うのは構いませんが彼女はあまり気にしてないのではないかな。母の国であり親戚もいる・と言うことでしょう。私は岡山出身でその土地で生まれ育ちました。大阪にいてもやはり故郷の風や風景が私を呼びます。そこは私の国(故郷)なのです。しかし、私の子供たちはその土地に私の祖先が何代前から住み着いてこの細々とした命の灯を連綿と繋いできたことにそれほどの感慨を持っていません。そこは彼らの祖父母の家であり土地なのです。きっと大坂さんも日本に自分の思いを持ってはいないでしょう。それでいいと思います。彼女は飛び立った。これから先どうなっていくかは彼女が決め、どこを自分の故郷にするかも自分の心の中にしかないものなのです。

2019.1.22
健康に自信のないと管理をしようという気にもなります。スマートウォッチなるものが最近は安く手に入るので購入しました。歩数計やランニングモードでの心拍数や血圧変化などを記録してくれます。また24時間で一定時間ごとのそれらの変化をタブレットにデータ移行して管理できます。睡眠時間や睡眠の質も計ってくれますし、トイレの回数なども記録してくれます。血圧だけは他の血圧計で計測した値を入れて補正するようになっていますが大したもんだと思います。心電図もあればもっといいでしょうけど、そこまでの高機能品ではありません。まあ、メーカーもあくまで参考程度と保険をかけています。保証するものではありません。
 気をつけるようになれば生活習慣も変わるでしょう。ただ、日常では酒も飲まない、タバコも吸わない、ほぼ健康的な生活をしていますから悪くなった時に何を改善すればいいのかは難しいです。食べ物の量と質くらいでしょうか?血圧が少し高めと判断されているので塩分には少し注意する程度ですけど、今は。

インフルエンザが大流行とのことです。自分の周りにはあまりそのような病人がいないのでピンと来ないですが。今、母が入院しています。高齢者で余り状態のよくないため、先週から面会時間が制限され、とうとう今週は妹も面会謝絶になったと電話がありました。今日もニュースでインフルエンザで院内感染があり数名亡くなったと言ってました。体力の落ちている老人や免疫力の無い乳幼児には厳しい試練なのでしょう。またはしかなども流行っているとのこと。人間は病原菌を突き止めある時期は勝者に見えました。しかし共存しているからこそ耐性もできます。人の体の中の免疫も強くなります。それがあまり体の中に敵がいなくなると、自分の中の外敵でないものも攻撃するようになったりもします。膠原病などはその例なんでしょう。体の中に外敵を少し侵入させ小さな小競り合いをすることで強いガードを人は身につけてきたはずなのに、最近のニュースを聞くにつけ、人類は果たして正しいことをやってきて正しい方向へ向かっているのだろうか・と疑問を持ってしまいます。

2019.1.20
大寒の今日は朝から小雨が降りました。でも昼からは雨が上がり13:30ごろ着いた時にはすでに5~6人がラリーをしていました。それならラリーだけと思い準備しました。ラリーと前衛練習、後衛3本打ちの時ポジション練習でしっかり動いたのでフットワークのいい練習にもなりました。何とかどんな練習にもついていけそうですがスマッシュの強打ができません。それは徐々に慣らしていきます。連続2日間の練習ができたことで少しホッとしています。これで痛みが出るようでしたらもう少し休養するところでした。

2019.1.19
 今日は手術以来久しぶりに橿原クラブと八尾市STAの練習に参加しました。橿原クラブには午前中、ラリーとボレー・スマッシュの4コース、サーブレシーブとだけをやりました。ラリーは藤岡さんと打たないで繋ぐくらいの気持ちでと契約し行いました。丁寧にラリーしたのでたった1本が10分くらい続きもう終わりにしようということでSTOP。中ロブから少し早めのシュートまで打てたのでまあいいかなと。ただ本気のシュートボールにはどれくらい対応できるでしょうか?ボレーは遠くの手を伸ばしたポイントは少しだけ違和感がありましたが、まあ大丈夫のようです。スマッシュがやはり手を伸ばしたところで打つので、腱板に負荷がかかるようです。もう少し肩の筋肉を鍛えなければ上からの振りは却って腱板を痛めそうです。気をつけなければなりません。
 サーブレシーブは相手も結構本気で打ってきます。まあ返るのと打たれるボレーのボールも降らないで面を合わせて返します。このほうが良さそうです。サーブはちょうどいいカットサーブの練習です。なかなか切れて確率を上げるのは難しいですね。

母が入院してるのですが、インフルエンザが大流行していて付き添いでずっといる人以外は面会謝絶となっています。完全看護だけに世話に関しての心配はないのですけどじっとベッドに横になってるならせめて話だけでも・と思うのですが難しいようです。高齢で食事も咀嚼できなくて流動食です。体力が落ちているところへインフルエンザウィルスが侵入すれば危険な状態になってしまうことは明らかです。妹や従妹も面会は拒絶されました。私も今週末辺りに出かけようと思いますが難しいかもしれません。
 せめて健康回復を祈願するくらいしかありませんね。明日香に行っているので橿原神宮にお参りしました。正月も過ぎ落ち着いた様子です。正月に書初めをした奈良県での入選作が展示してありました。字に迷いがなく勢いだけでなく品格を持った文字が様々な字体で現わされています。なかなかいいもので芸術性を感じます。
 お守りを頂き参道を歩きます。玉砂利を踏む音が心地よく響きます。空は1月にしては澄み渡り風のない穏やかな大寒の前日です。

昼からは久しぶりに八尾市のコートに。テニスの観戦にはいくのだけど打つのは満を持してやることにしたのです。筋力は戻ってないけど、それはテニスをやりながらでもいけるでしょう。無茶をしてはいけないけど、凝り固まった筋肉を解すのはある程度負荷をかけたほうがいいかもしれません。
 ラリーを少し、4コースのボレースマッシュ、ローボレーまでやって今日は終了。と思ったけど、女子とやってはどうか・・と。まあ一試合だけ・動かないよという条件付きでやりました。後衛も病み上がりの小林知恵ちゃん、なんでも昨日入籍して大胡(おおえびす)さんになったとのこと。おめでとうございます。昨年は肩と手首の2度の手術でテニスもできませんでしたが、今年から復帰とのこと。おめでたい話題も持ってやってきました。まだまだボールは飛びませんがそれでもよく走り繋ごう・攻めようとする姿勢は流石です。落ち着いていいプレーヤーになることでしょう。

 まあ、これくらいにしとかないと後が大変なので残りは観戦です。やはり一般男子はボールが速いですね。感心します。

2019.1.18
春の便りがチラホラと入ってきます。先ず毎年の八尾インドア、阿波ルーセントカップ、スーパーシニアカップなどは3月の年中行事です。愛媛松山での全関西大会は今年は休憩です。

東日本大震災の支援イベントについて、これまで8年間にわたり全国の皆様に多くのご支援を賜りましたことに感謝申し上げます。あれから多くの災害が日本中で発生しました。日本全国で起こっている災害に対して全てを同等に支援していく訳にもいきません。広島、岡山、四国を襲った集中豪雨、鳥取や北海道、大阪北部で発生した多くの地震、また火山の爆発で犠牲になったり長期非難を強いられた人々などの中にこの東日本大震災の支援活動にご協力いただいた方々も大勢いらっしゃると思うのです。それらすべての方々にお返しをすることが叶わず、私としては慚愧の念に堪えがたいものがあります。言葉だけでは気持ちの中身も伝えることは到底かないませんが、どうかご容赦ください。

長期にわたり避難を未だ強いられている方々もいることも事実です。気力を失っていらっしゃる方も恐らく多いと思われます。私たちはしかしながら、この3月を持ちましてこの支援活動を終了いたします。昨日の成人式で当時小学校6年生だった子供たちが成人を迎えました。会の代表である新沼さんご夫妻がその席に出席され彼らの門出を祝いました。そのめぐりあわせも一つの運ですね。長期の支援は本当に大変です。もっとも大きな問題は資金です。皆様方の温かいご支援金と物資でこの会は成り立ってきました。牽引者である新沼さんの情熱がなければ続いてこなかったことも大きな要因です。
 発足当初は物資の支援、落ち着いてきた頃から心のケアを考え多くのイベントを重ねました。熊本地震の支援活動もその一つです。私たちだけでなく東京の学生のボランティアグループのアスピランテとコラボしての支援活動を行ったことは本当に素晴らしいことでした。日本の若者にも素晴らしい人たちがいる!彼らの明るさと行動力、そして無償の愛情を感じました。何の見返りも期待しない、あるとすれば支援した子供たちとの笑顔のありがとうだけなんでしょう。この活動を通じて地域で頑張っていらっしゃる大人の方々も辛いのに黙々と陰で見守っていらっしゃる、そしてそっとありがとうございます・と言われるのです。支援するほうもされるほうも、そこには何もないのです。子供たちを幸せにしてあげたいとの気持ちだけなのです。たとえ一瞬でも、こんなことがあったと将来思い出してもらえれば、それだけでいいと思うのです。どこかで困っている人がいれば一度だけでいいのです、そっと寄り添ってあげてください。それが繋がっていくことだと私は思っています。

私は現地で少しだけ被災地の方々と触れ合いました。けれども私は日本中のシニアを中心としたソフトテニスプレーヤーや縁あって支援グッズを買っていただいた方々の善意を届けに来たつもりでした。果たしてどれだけ届いたでしょう。でもいいのです。ただそこに笑顔があれば、もうそれだけできっと支援いただいた方々も笑顔でいてくださることでしょう。

3/23 大船渡で最後の支援イベントを行ってまいります。

2019.1.15
新年明けましておめでとうございます。
1/15は一昔前なら成人式でした。ラグビーは社会人-学生対校での日本一を決める大会で日本中が盛り上がったものでした。決め日であるものもありますが、ハッピーマンデイを作るため月曜日に移動した祝日がたくさんあります。それもある意味ではいいのでしょうが、そんなことの為にその日の意義が失われてもいいのかと思ってもしまうものです。
 来年5/1は新天皇即位の日で祝日になります。めぐりあわせかその前後を合わせると10連休になりますが、官公庁がそんなに休んでもいいものか、病院や介護施設はとても休めない・会社だってグローバル化している今日海外は連休がないのに休めるのか・などと色々な意見があるようです。働きすぎで過労死や心身症からくる自殺・鬱などが問題になっています。今は以前と違い責任の所在で補償が絡んでくるのです。金額は莫大となり簡単にそのような状況を作り出せない社会になっています。教育現場や医療現場でも先生様から患者様、生徒様に主体が移っているのが現実のようです。様変わりした社会に我々はもう対応できないかもしれません。我々と今のこの主体の急激な変化の狭間にいる人たちはもっと戸惑っていることでしょう。謙虚さのない社会はやがて崩壊する。じっくりと見させてもらいたいと思います。

1/11~1/14まで韓国からテニス仲間たちがやってきました。今年で9回目となる韓国と日本のソフトテニス交流会です。
 毎年韓国大統領杯に参加をさせてもらっています。これは公認の大会で日本でいうと天皇杯、皇后杯、全小、全中、インハイ、インカレ、全日本シニアを一緒にしたような大会です。1週間ぶっ通しで種目別に行われます。会場は韓国内に4~5あります。ムンギョン、アンソン、インチョン、ヨンドンなどです。ここはソフトテニス専用のテニスコートです。1つの施設には、白子までの面数はありませんがサニーサイドのコートが2,3個あると思ってください。主にクレーコートですが他国での開催を意識して練習用にハードコート、オムニコート、アンツーカコートが用意されています。雨天に備えてインドア(下はオムニ、クレー)が準備されています。日本と違うのは韓国ソフトテニス連盟や市から多くの補助が出ていることです。大会開催にあたってはエントリー費\1000/1人くらいですが、ポカリや水、果物などは全て支給されます。個人で買う必要はありません。大会が終わればホテルの大きなホールで昼食(3時ころですが)をとって帰宅します。大会運営でも驚かされました。ただ、これは開催地にとって大きな負担のようで、日本のような自己解決の方が楽でいいとは言ってましたが、今はこのような運営です。
 練習費用も年間通じて一切無料です。コート使用料もボール代も夜間照明費も殆ど連盟と市の運動費割り当てがあり一切個人の負担はないようです。その額は聞いたのですが忘れました。ただ年間で数百万円単位であることは間違いありません。韓国では市民の健康に気を配り支援も十分しているということですね。
 ただ、日本のクラブ活動に匹敵するものがなくすべての学校は殆ど勉強のためのものです。課外活動は週1回程度らしいですがそれでは選手は育ちません。ソフトテニスならそれをやる学校が決まっていて小学校で有望な選手は中学校でソフトテニスをやる学校に集められその中で英才教育をされます。高校でも大学でも一緒です。その後実業団に行くか教師になるか、テニスをやめるかいずれかです。実業団は公的な機関(市役所9)や農協などが保有していて殆どプロ活動をしています。NTT西日本が昨年からクラブに昇格しました。半日仕事、半日テニスという感じで活動していますが韓国の実業団はもっとテニスの比率が高いようです。驚くべきは国際大会に出場して成績ごとにポイントが与えられ、ポイントでスポーツ年金がその時点から一生出るとのことです。それはあらゆるスポーツで同格です。男性ならさらに3年間の兵役義務を免除されます。それは必死で練習しますよね。お金と安全が保障されるのです。40ポイント以上持てば十分暮らしていける金額だそうです。今のシニア世代はこの制度がなかったので、残念だと非常に悔しがっています。

 さて今年の親善大会は日本開催は今までずっと関東で行われてきました。毎年韓国大統領旗に日本からばかり参加させてもらっていますので、韓国人の全日本シニア選手権に参加を認めていただきたいと日本ソフトテニス連盟に直接申し入れを行ったのですが、要項に日本ソフトテニス連盟に加盟していることとの記載があるとのことで2度ほど却下されました。3度目は要項の改定は総会で決められることなので、どこかの支部からの提案があれば議題に上がるのでそこからアップしてくれとのこと、その後提案したかどうかは判然としません。でも全日本選手権(天皇杯、皇后杯)には外国選手の参加も認められてますので、そんなにこだわることではないと思います。できれば一度議題に上げていただきたいと思っています。
 それはなぜかと言いますと、韓国ソフトテニスのレベルは上下の差はありますが非常に高い選手も多いのです。シニアの国際大会も少ない今、もっと参加をフリーにして日本のソフトテニスのレベルを知り、技術と心の向上に努めていただきたいと思うからです。日本が優れている・などと思うのは思い上がりです。台湾でも、韓国でも素晴らしいプレーヤーたちは多く存在します。彼らともっと大いに交流していくことで若いことだけでソフトテニスは終わったのだと思うような間違った認識を改めて生涯スポーツとしてのソフトテニスを発展させたいと思うのです。プロスポーツがないことはいつまでもアマチュアが夢を追える競技なんだということです。それは素晴らしいことだと思うものです。
 是非とも全日本シニアソフトテニス選手権に外国人の参加を許可してほしいのです。簡単なことです。要項から参加は日本国籍を有するものという一文を除けばいいのではありませんか。もう一つは国際競技規則の審判等級を有するものであれば問題ないと思われます。

 話が横にそれて申し訳ないですが、そこで草の根的に韓国の選手を日本に呼んで対抗戦をしようとの話となり、1年おきに韓国、日本開催となった訳です。1回目はあの東日本大震災の年の1/8~11 福島県いわき市と富岡町のドームでした。非常に寒い年でした。しかし26人もの韓国チームが参加してくださいました。その後3.11の大震災。いち早く支援を申し出てくれたのがこの時のメンバー達です。日本中が混乱しているときに即物資を送ってくれたのです。いろいろと国家間では摩擦もありますが、民間レベルでの彼らの優しさには本当に心打たれるものだありました。
 今回、選手団は12名、男女3ペアずつでした。徳島で開催とあって楽しみにされたようです。なかなか徳島に行く機会はないと思いますので、試合もそうですが観光を多く入れました。
 初日は阿波踊りを見て、踊りにも参加されました。最優秀賞を女性の方が頂きいい記念になったと思います。
 2日目は試合です。朝から小雨が降ってました。天気予報では悪くなる方向だったのですが幸いなことに昼頃から雨がやみテニスを終えることができました。私も徳島シニアの佐藤さんも肩や膝に故障があり出られなかったので、徳島シニアの若手たちに男子は依頼し女子も若手を多く起用したようです。中でも男子のソン・ヨンチョル選手は韓国と言わず世界の中でも名選手の1人でしょう。圧倒的なパワーと技術、そして精神力を兼ね備えた彼に勝てたのは1回だけでした。(8試合)フォア、バック、走りこんでのライジングトップと中ロブ。フォアバックともに全くストロークに隔たりのない技術は徳島中の選手たちの度肝を抜きました。そして2番手のキム・リ ペアも決して諦めないその姿勢、あくまでも攻撃してくる心の強さに一同は感心しきりでした。私も裏方に徹したのでゆっくりと試合を見ることができました。常にヨンチョルは主導権をとっていました。今年50の西日本で8となり東西対抗に出た原・一ツ松ペアも3度やって3敗。3試合目はファイナルで頑張ったのですが3-1リードの相手前衛のサーブを2ポイント落として3-3.そこからは雪崩のように攻め込まれてしまいました。7-4で負けです。後の2試合は④-0、④-1と完璧に負けてしまいました。自分たちのペースをどうやって作るか、相手の弱いところを徹底的にミスなく攻めてくるその技術力に負けたのです。彼らにはいい勉強になったと思われます。
 女性も一般女子時代の選手の2人が参加しました。何気なく繋ぐロブやフォアハンドの振りの速さは流石です。前衛も手堅いボレーと現役時代は素晴らしかったろうなというスマッシュを追うタイミングを見ました。相手が大谷さんでファイナル8-10くらいで負けましたが、さすがの試合でした。大谷さんも日本の一級品のテニスを見せてくれました。渡辺・犬伏も65歳ペアながら年々良くなっていくように思われます。渡辺さんのストロークはバックが特に素晴らしかったですね。シニア75ながら松本・宮田ペアは頑張りました。中でも宮田先生のプレーには韓国選手たちも目を見張りました。勝負にかける前衛の攻撃的な目、狙いに入ると吸い込まれるような鮮やかなポーチ、チャンバラのなっても決してひるまない心でのポイントをもぎ取っていく凄さをきっと彼らも感じたことでしょう。
 一ツ松選手が最初のあいさつで、「国際試合は初めてで非常に楽しみにしていて興奮している、やっとこの日が来たのです。」と言われたように、確かに多くの日本の選手は国際試合は経験しません。日の丸を背負っている・という訳ではありませんが、少なくともそのような心持になることは間違いないのです。トーナメントで国際試合をやると本当にJAPANを意識してしまいます。もっと多くの方々は経験を持たれるといいのではないかと思っています。

 夜の懇親会もテニス談議に花が咲きます。最近は通訳ソフトがあり大活躍です。完璧に使えるわけではありませんが少なくとも人間が再変換し、好意的に解釈すれば十分意思は伝わります。ただ・・通訳ソフトがなくとも片言の英語、日本語、韓国語を身振り手振りで表情と共に伝えれば結構気持ちは伝わるものだと思いました。そしてどうしても伝わらないところだけ翻訳ソフトを使うのが一番いいでしょう。市販の通訳器も使いました。問題は日本語から韓国語への変換は割といいのですが、逆はもう一つ誤訳が多いです。まだまだ改良が必要ですね。

 1/13日曜日は徳島観光、徳島市を巡る船からの景観はバスで移動するのと違いとても新鮮でした。昨日とうって変わって快晴、雲一つ・風一つない好天です。ライフジャケットのオレンジ・黄色が目立って見えます。川縁にあるテニスコートに差し掛かった時時間をはかって昨日の仲間たちが見送りにサプライズ、韓国選手たちは大喜びです。
 次は渦の道という大鳴門橋の下を歩くツアーです。満ち潮で大潮ではない時期なので大渦ではありませんでしたが、かなりの緩やかな大きな渦が見えました。100mの高さは恐怖があります。途中にはガラス張りで渦の鑑賞もできます。
 彼らは写真が大好きです。少し行くと見事なポーズで何枚も、交代で撮ります、時間は立つけど距離は進みません。
 食事は名物のうどん。腹いっぱいになったところで大阪のホテルまで移動です。

 夜は食事後、道頓堀・心斎橋を散策。あのあたりも様変わりをしました。もはや日本人の酔っぱらいは影を潜め外国人の町になってしまっています。90%以上が外国人、最も多いのは韓国人、中国人、次にタイ・インドネシアなどですね。それにチラホラのヨーロッパ、アメリカ系の白人達。色んな匂いが入り混じりいろんな言葉が波のように押し寄せ返します。何十年前に行ったニューヨークの雑踏を思い出しました。52番街からセントラルパークにかけてのすれ違う多人種の人たち、タイムズスクエアでの観光客の雑踏・・よく似ていました。
 目指していた観光立国になってきたのでしょう。道頓堀も整備され片岸にきれいな歩道橋が出来ています。大阪の街はもはや変わってしまいました。日本人が行く場所はなんばの中心から外れてしまっている理由がよく分かります。ここは観光のためだけの場所なのです。

1/14は朝8:30集合。黒門市場を見学です。どこも市場は変わりませんが、やはり観光化で屋台・店頭での販売が増え道は狭くなりつつあります。朝一番から1時間もするとすでに混雑が始まりました。早々に引き上げあべのハルカスへ。私は全員のスーツケースを車に積み込み移動です。よく12人分入りました。ハルカスでは着飾った成人たちが成人式を挙げていました。6百何段かの階段を歩いて上るイベントをやっていました。後でTVで知ったのですけど。華やいだ日に出会い、珍しそうに見入ってました。韓国でもやはり同じようにあるそうです。あべのハルカスも初めて上りました。ヨンチョルさんは兵役で落下傘部隊だったようです。ここから飛ぶのはちょっと低いな・400mが最低だよ、と言ってます。2000mから大体飛び10秒でパラシュートを開くんですが、でもとても長い10秒だそうです。事故はないかと聞くと、あります・でも仕方ないですねと。

 スポーツ店に行きたいとのことで近くのスポーツ店にいき色んなお土産を買ってました。ヨンチョルさんはmizunoのラケットを6本、クラブの生徒さんたちへのお土産だそうです。

 さてそろそろ空港へ。荷物がないので彼らは楽ちんです。僕が少し遅れて到着すればスムーズです。上手く合流。荷物を無事届けました。
 駐車場に車を停め、長い間別れを惜しみます。4日間でしたが楽しい時間を過ごしました。別れは辛いものですが、再会を約束して彼らは機上の人になりました。家に帰るとドッと疲れが出たのか椅子に座って1時間ほど寝てしまい、次の日も朝9時まで爆睡でした。

 一つのイベントが終わりました。